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私はどうやら死刑らしい:マジですかパート3

ものすごく意訳すると、

「あなた障害者だし、がんだし、周期的に高熱が出る意味不明な疾患持ってるし、早く死んでくれませんかね?え、この金額に不満がある?働けばいいんじゃないですか?あ、いっぱい病気があって働けないのか。じゃあ早く死んでくれませんかね?(大事なことなんで二回言いました)」

みたいな通知がいつの間にか届いていたのですが、みなさんのところには届きましたか?

私のところには届きました。

これはつまり、その、死刑判決の通知ですか?国が勝手に私は死刑だと決めたのですか?

え、私も対象やったん?と、この通知を見たときは体の震えが止まりませんでした。自分は対象外だとずっと勘違いしていて、なぜ対象外だと思い込んでいたのか、自分でもよくわかりません。

しばらく通知を眺めていたら、国の私に対する殺意をひしひしと感じました。あぁ、死んでほしいんだなぁと、思いました。できれば2020年までに。

そらまぁ人間いつかは死にますし、私はなんせがんなんで、平均寿命よりは早くあの世にいくかも知れませんが。

国がこんなに国民に対して殺意をあらわにしていいんですか?

がんの治療薬がもっと開発されたり、周期的な発熱発作の治療薬が開発されたり、私が抱える数々の病気が治れば、働きますよ。ピンピン元気に働いてる人がうらやましいですよ。

でも、研究費は足りないんですよね?画期的な治療薬を開発するための研究費、足りないんですよね?

研究費足りない→治療薬開発できない→病気治らない→働けない→国から死刑判決受ける

ひどくね???マジですか???

国から殺意を抱かれても、死刑判決のような通知を受け取っても、私はこれからものんべんだらりと暮らしていくだけです。

息をするのもしんどいときも多々ありますが、8月に入院してからずっとなんだか体調が悪いですが、生きるしかないです。生きることをあきらめたら、死しかないですから。

いっぱい病気になって、今までたくさんのことをあきらめてきました。でも生きることだけは、あきらめません。国がたとえ私を見放しても、妖怪「国のスネカジリー」で生きていきます。

病気でも働け!この税金泥棒が!と言うのならば、精神障害者でがん患者で周期的に発熱発作が起きてときどき入院する私をどうか雇ってください。面接で正直に言うので、採用してくださいね?絶対ですよ?

私を雇えば、障害者雇用の水増しをすることもないし、ちゃんと精神障害者保健福祉手帳持ってますからね、ちょうどいいんじゃないですか?体調悪かったらすぐ休むし、入院したらもちろん休むけど、税金泥棒だと思うなら、雇ってくださいね?

まさか死刑判決が役所から届くとはなぁ~。ビックリだなぁ~。

まるでナチスだなぁ~。

ほんと、マジでこの国腐ってるわ。

そら病気にもなるわ。この国自体が病気だもん。もう末期ちゃいますか?

 

マジですかパート2

またまた入院していました。浦島太郎状態のミチコです。

私は普段テレビをみません。「あ、私、テレビみない人なんで!」アピールではありません。我が家にはそもそもテレビがないのです。

以前はよくみていました。でも、テレビは情報操作だらけ、嘘だらけ、このままでは洗脳される、と気付いたので、だんだんみないようになりました。で、いまはテレビ自体がありません。

本当か嘘かよくわからない情報は、主にネットニュースやスマホに流れてくる速報などでチェックしています。

本当の情報は、ぼちぼちで得ています。

一時期、「サマータイム」という言葉がネットでにぎわっていて、どこの国の話だろうと思っていたら、まさかまさか、私が住むこのクレイジーな国の話でした。

ええーーー、マジですか???

私は精神障害者で睡眠障害があり、おまけにがん患者です。さらに、周期的に高熱が出るという謎の疾患(指定難病に近い)を抱えています。

今回の入院は、謎の高熱でした。おかげさまでこの謎はほぼ解明されたので、今後の治療方針などはかたまってきましたが、この疾患は一生治りません。

私は午後9時にお薬を飲むと決めています。それなのに、サマータイムなんてわけのわからないものが導入されたら、時間がずれてしまうではないですか!!!

周期的に高熱が出るのに、時間がずらされたら、せっかく把握できている周期がずれてしまうではないですか!!!

1時間も2時間もずらされたら、お薬を飲む時間もずれてしまい、夜ちゃんと寝られるかわかりません。

睡眠はとても大切なもので、睡眠のリズムが狂ってしまったら、私が抱えるさまざまな病気に悪影響を及ぼすのではないかと、ものすごく心配しています。

もう、健常者だけでわけのわからない制度をテキトーに考えるのはやめてください。

って、このクレイジーな国の総理大臣らしき人は、指定難病を抱えているではありませんか!!!

なぜ?なんで?なんでなんで?なぜ不健康になるかも知れないサマータイムなんて導入しようとするのですか?

2020年の東京オリンピックのため?は?それなら、オリンピックをやめろー!!!

どうしてもやりたいなら、春か秋にしろよー!!!

と、鴨川デルタで叫びたいぐらいです。

一緒に誰か叫びませんか。

 

マジですか

生産性がないミチコです。

抗がん剤を体内にぶちこんだため、30代で閉経状態になりそのままなので、妊娠出産はほぼ不可能です。ということは、私も生産性がない、ということになりますね。

やっぱりこの国はクレイジーだなぁ、やっぱり脱出しておけばよかったかなぁ、それとも、カナダのホストマザーが言ってくれたように、医者になればよかったかなぁ、がん患者の気持ちがよくわかる、がん患者に寄り添える医者になれたかもなぁと思っていたら、

女性だから医学部落とされていたかも知れない、ということを最近知りました。

ええー、マジですか???

妊娠出産できなかったら、生産性がないと言われ、医学部(いま話題になっているのは医大ですが)を受験したら、将来妊娠出産するかも知れないからと落とされるのですか???

ええー、マジですか???

まぁ私の場合は高校生でグレグレ反抗期になったので、3浪ぐらいしないと医大または医学部に合格できない…、あ、3浪したら落とされるのですか???

ええー、マジですか???

どうやらこの国は、私が思っていた以上にクレイジーだったようです。そしていまも、クレイジーです。

昨日の抗議行動には、大切な仕事(つまり通院)があり行けませんでしたが、私の呪い…ではなく、怨念…でもなく、応援および声援は届きましたでしょうか。

こんなにもクレイジーな国なら、ホストマザーが言ってくれたように、弁護士になればよかったかなぁ。

カナダへの熱い想いの続き、秋になってからでいいですか。毎日暑くて暑くて、クーラーをつけているのに、めまいと動悸がして続きを書く気力体力精神力がありません。

書く書く詐欺みたいになっていますが、ぶっちゃけてしまうと、何を書こうとしていたのか、忘れてしまいました。

ところで、SUPERFRUITたちが歌うRise、ききましたか?YouTubeでみると、スコットやミッチたちからのメッセージが読めるので、ぜひご覧くださいませ。翻訳は、自分でしてください。たぶん翻訳してくれているサイトもあるはずです。自分で探してみてください。

https://www.youtube.com/watch?v=U85U3dPuiR4

YouTubeをそのまま貼り付ける方法がわかりません。

弁護士になるのは、無理かなぁ。

 

テクストは浸透するか

大きな地震に続いて、大雨がやってきました。

どちらの出来事も、今もなお多くの人を苦しめ続けているようで、安全な室内で番茶をすすりながら、こうしてキーボードを叩いていることすら、なんだか申し訳なく思うと同時に、そうやって申し訳なく思うことすらも、あたしの置かれた場所からの言葉でしかないという残念な認識を恥ずかしくも思っている、夕下がりのひと時です。

先日の大雨の際、あたしの住んでいる昭和39年の建てられた木造の文化住宅の室内は、連日湿度が80パーセントを悠に超えていて、四国や九州の大雨情報をチェックしている時にも、こうして湿りきった建物が地震の時に倒壊しないのだろうかと不安な日々を過ごしました。部屋に干した洗濯物がおじさんの使った後のまくらのような臭いを放ち、いつまで食器拭きでふいても乾燥しないまな板からよからぬ菌が増殖しているような気さえして、なんども漂白を繰り返したりもしました。

密閉率の高いコンクリートのマンションに住んでいる人にはわからないだろう外気の侵入を、文化住宅に住んでいると味わいます。雨の日はジメジメし、外を車が通れば部屋が揺れます。下校途中の子供たちがリコーダーを使って奏でる旋律を聞くこともできますし、近くで起こる誰かの喧嘩の理由もだいたいわかります。この部屋はとにかく浸透するのです。湿度や気温だけでなく、喜びも不安も悲しみも、そういった生のもの全てが。

不安という感情は原因のわからないものなのかもしれません。不安とは原因が分かれば不安ではなくなってしますものなのかもしれません。ですから、あたしが大雨の時にこの部屋で感じた不安の原因など、あたしにははっきりわかりません。

あたしの不安を誰かが聞き入れる時、あたしの不安の原因そのものについてはどうにもできないように、あたしも誰かの不安の原因そのものについてはどうにもできません。ただ、テレビモニターやスマートフォンの液晶に投影された人の形や文字列が不安そうにしている様子をあたしは確認しているだけなのでしょう。原因のわからない不安がネットワークを通じて伝染していくのを、ただただあたしは見ているだけでした。

もし仮に、テレビやインターネットの情報ネットワークがなかったら、あたしは誰かの不安を受け取ることができませんでした。もし仮に、この部屋さえなかったら、あたしは外気と部屋の区別さえつけることができずに、文化住宅の倒壊を恐れすことさえもできなかったのかもしれません。不安が人間の声帯や指や眼球など具体的な身体を通じて表明されなければ、その人が抱えるそれは、どこにも共鳴することなく、その人の中で響き続けることでしょう。不安を感じる人が不安を表明するデバイスを必要とするように、不安を受け取る人もまた、それらが共鳴する場所を必要としているのかもしれません。

あたしたちに病み得る身体がなければ、誰かの身体の不調を気遣えないように、あたしたちのあらゆる物理的脆弱さは、誰かの脆弱さを受け入れる潜在的な条件を形成しているのだろうとあたしは思っています。

人間の身体に逃れがたくある脆弱さを、貧困な生に逃れがたく存在する不安定さを、誰たのために使うことは可能でしょうか?そして、その物理的な逃れがたさを契機にして、物理的な安全性の向上も含めた変革を企図することは可能でしょうか?そして、その企図が実現して人の心配が過ぎ去っていくことを喜ぶことは可能でしょうか?

この部屋には外気とともにあなたの言葉も浸透してきています。この部屋にはあなたの脆弱さが共鳴しています。あなたが発するあなたの脆弱さの響きを始まりとして、それでもこうして細やかな変革は起こっています。

だから、あたしは、あなたの脆弱さが反響するためのこの不満足な言葉が充満する場所に、これからもあなたが立ち寄り、時には、逃げていくことを望んでいるのです。

病室より愛を込めて

あんたが一番クレイジーだよ!そんなことはとっくの昔にわかっています。ミチコです。

カナダへの熱い想いの続きを書きたいのですが、通院通院通院入院手術、と、めちゃくちゃ忙しいです。

フルーツ盛り持ってこいとか、菓子折り持ってこいとか、お見舞いに来いとか、言っているわけじゃないんですよ?

人見知りという言葉の意味がよくわからない私、早速同じ部屋の患者さんたちと談笑しています。

ところで、好きな歌がまた増えました。SEKAI NO OWARIの、「サザンカ」です。

これも良い歌詞ですね。心がほっこりします。

退院して落ち着いたら、カナダへの熱い想いの続きを書きます。しばらくお待ちください。え?誰も待ってない?そんなぁ~。

ではでは。

病室よりミチコがお送りしました。

元気です。

 

カナダへの熱い想い1

上から目線で偉そうで性格が悪く攻撃的で口が悪いミチコです。

どうせ他人事だと思っていたことが、現実に起きてしまいました。明日は我が身だと書いておきながら、やはりどこか他人事だと思っていた自分の馬鹿さ加減に呆れ果てています。

今回の地震で、自分の人生が走馬灯のように思い出されたので、今回はそのことをつらつら書きたいと思います。長文になるかも知れません。

私はキテレツインテリファミリーのもとに生まれました。どれだけキテレツインテリファミリーなのかは、直接私に聞いてください。ここに書くと、「自慢しやがって」と思われるはずなので、興味があるかたは、ぼちぼちまでご一報を。

コメント欄に書かれても、一切お答えしませんので、ご了承ください。ぼちぼちに、ご一報ください。(こんなこと書いて大丈夫?大丈夫やんね?)

キテレツインテリファミリーですから、国公立大学進学しか頭にありませんでした。しかし高校生のときにグレてしまった私は、ほぼ受験勉強をせず、センター試験の結果もズタズタのボロボロで、京教も奈良教も落ちました。唯一受かった公立の短大は、一週間でやめました。

英文科に受かったのですが、英語には興味があっても、文学にはまったく興味がなかったので、やめました。しかも短大ですから、女性だらけで、吐き気がしてやめました。

浪人すればいい、と言われました。しかし私はそのときすでに日本から脱出する計画を立てていたので、どうやったらこのクレイジーな国から逃げ出せるか、それしか考えていませんでした。

そんなとき、ひょんなことからカナダに語学留学することになりました。4ヶ月間だけでしたが、日本では「短大やめた」と言うと、「何を考えているんだ!フリーターになるつもりか!」と散々言われたのに対し(家族からはこんなこと一切言われていません)、カナダで「短大やめた」と言ったら、「So what?」と言われました。

だからどうしたの?です。18歳で大学に行かなくてはならないという決まりなんてあるの?やめたかったらやめたらいいじゃない。自分がやりたいことをやればいいじゃない。働きたかったら働いて、学びたいことが見つかれば、大学に行けばいいじゃない。だからどうしたの?です。

独学で猛烈に英語を、というか、英会話を学んだ私は、日常会話ではほぼ困らない程度になっていました。19歳のときです。カナダのホストファミリーには、「ミチコ、あなた、医者か弁護士になったら?」と言われました。ちょっと笑ってしまいますね。

日本に帰国後、このクレイジーな国にはサヨナラする、私はカナダに移住する、と決めました。カナダの州立大学、ブリティッシュコロンビア大学に進学するため、また猛烈に英語を勉強し、バイトを2つ、ときに3つかけもちして、馬車馬のように働きました。学費を稼ぐためです。

しかし私は、カナダの州立大学だったら学費は安いはず、と勘違いしていました。もう20年前の話なので、いまは違うかも知れませんが、当時の場合、日本人は、学費がめちゃくちゃ高かったのです。これは何年働いても、稼ぐのは無理だと悟りました。

それでもこのクレイジーな国から脱出したい、私はカナダに移住する、いや、永住する、と決めていたので、なんとかカナダに戻る方法を考えました。

と、ここまで書いていたらめちゃくちゃ疲れました。雨で頭が痛いです。

続きは気が向いたら書きます。気が向かなかったら書きません。

続きが気になるかたは、私に直接聞いてください。

ではでは。

 

好きな歌(洋楽編)

新しい掃除機が我が家にやってきてルンルンのミチコです。

先週は邦楽で好きな歌を3つご紹介しましたが、今日は洋楽で好きな歌をご紹介します。

ちなみに、思いっきり泣きたいときは、「風に立つライオン」をきいて号泣、「Hey Ho」でちょっと穏やかな気持ちになり、「棒人間」をきいてまた号泣、ということを繰り返しています。

泣く、涙を流す、ということは、心の浄化作用があるのでしょうか。とてもすっきりします。

洋楽で私が好きな歌は、John Lennonの「Imagine」だったり、Lady Gagaの「Born This Way」だったり、いろいろあるのですが、いま一番のお気に入りは、

Katy Perry 「Rise」です。

力強い歌詞で、やったるでぇ!!!という気持ちを奮い立たせてくれるような、そんな歌です。

歌詞を和訳してくれているサイトもあるので、ぜひググってみてください。私はコレ!という和訳がなかったので、自分なりに解釈しています。歌詞の中に聖書の一部分が出てきているのが興味深いです。

この「Rise」という歌は、SUPERFRUITたちがカバーしていて、それがめちゃくちゃ力強くて、かっこよくて、かなりおすすめです。YouTubeで何回もみて、きいて、を繰り返してしまうほどです。

SUPERFRUITは、PENTATONIXのスコットとミッチのコンビ?デュオ?です。PENTATONIXも大好きです。

ところで昨日、「そして父になる」が放送されたので、もう一度みてみました。

感想は、「こんな映画やったっけ?」でした。

親目線(特に父親目線)からしか描かれておらず、当の本人たち(子どもたち)の気持ちはどこにいったんや???と思ってしまいました。これは私の個人的な感想です。当の本人たちの気持ち、描かれていたのかなぁ。あの写真?なんでなんで攻撃?テントの中の願い事?元の家に帰ったこと?

初めてみたときは、胸が締め付けられるような気持ちがして、泣いたような記憶があります。しかし今回は、まったく泣けませんでした。先週の「海街diary」は、初めてみたときは「だから何が言いたいねん」と思いましたが、二回目みたときは「なんて優しい映画なんだ」と思いました。

これらの映画自体は変わっていないので、たぶん私自身が変わったのでしょう。

「そして父になる」をみても、どこか他人事のように思えてしまったのは、私自身がもう子どもを産むということが不可能になった、子どもを産むという可能性がたたれた、からかも知れません。

そして私自身は取り違えられていないので、当の本人たちの気持ちというものを100%理解することができず、やはりどこか他人事、だと思ってしまったのでしょう。

これは、「がん」という病気にもあてはまることです。どこか他人事で、明日は我が身だと言われても、やはりどこか他人事なのです。

どこか遠い世界のことなどどうでもいいやと呟いた

きっとこのまま「誰か」のまま放っておけば忘れてしまうだろう

(SEKAI NO OWARI「Hey Ho」より一部抜粋)

この歌詞が、過去の、現在の、そして未来の日本社会に生きる人たちを描いているのではないのかなぁ、と私は思います。あくまでも私の個人的な、勝手な解釈ですよ。

梅雨の晴れ間、良いお天気ですね。洗濯日和です。

ではでは。

 

好きな歌3つ

空気が読めないミチコです。

今日は、私が好きな歌を3つご紹介します。かなり有名な歌なので、ご存知のかたも多いと思います。

1:さだまさし 「風に立つライオン」

2:SEKAI NO OWARI 「Hey Ho」

3:RADWIMPS 「棒人間」

以上です。

最近のぼちぼちのブログやツイッターを読んでいると、この3つの歌の歌詞が心に染み渡ります。

まだ一度もきいたことがないかたは、ぜひとも歌詞をググってみてください。おすすめです。

歌はYouTubeでもきくことができます。

昨日テレビをつけてみたら、たまたま「海街diary」が放送されていて、以前にもみたことがあるのですが、暇だったのでみてみました。

とても優しい映画だったんだなぁと、思いました。一度目では気付きませんでした。

来週は、「そして父になる」が放送されるそうで、これも一度みたことがあるのですが、もう一度じっくりみてみようと思います。

ではでは。

 

定例カフェの感想など

悪性新生物ミチコです。

5月26日に行われた定例カフェに奇跡的に参加することができたので、その感想を書こう書こうと思いながら、雨がよく降って頭が痛くなったり、毒による強制的な更年期症状で夜中に起きてしまって日中ボ~っとしたり、なんだかんだでなかなか書けませんでした。

ちなみに今日も夜中の3時半に目が覚めました。昨日はとあるシンポジウムにこれまた奇跡的に行くことができたので、ヘトヘトのクタクタに疲れ、ベッドに横たわったら即座に爆睡、よく寝た~!と思って起きたら真っ暗で3時半でした。もう体が、おばあちゃんになっているようです。

定例カフェは、生きててよかったー!と素直に思えるほど楽しかったです。ドイツの研究者と日本語と英語を交えて話すこともできましたし(ほぼ日本語ですが)、手作りピザは格別の美味しさで、この世にこんなに美味しい食べ物があったなんて…!と思うほどでした。イチイチ大袈裟になってしまうのは、去年5月から今年5月にかけてすさまじい日々を送ってきたから、だと思います。

定例カフェの感想は以上です。ここから長文になります。

まず、ぼちぼち組合員ミチコって、誰やねん!って思いませんか?思いませんか…そうですか…。

ものすごく短く自己紹介すると、ていうか私は自己紹介というものが大嫌いなのですが、まぁ良い機会だと思ってしてみます。

私は2008年にぼちぼちに労働相談をして、そのまま加入した、精神障害者&独り身&一応女性&悪性新生物&税金泥棒です。(察してください。忖度するんですよ。忖度。)ちなみに今まで12回入院しました。30代半ばから、今まで、入退院の繰り返しです。

今は2018年ですから、ぼちぼちに加入してから10年もたつんだなぁと感慨深いです。ぼちぼちに加入したときは、自分がまさか9年後に悪性新生物を体内に宿してしまうとは、夢にも思っていませんでしたが。

今日は夜中の3時半に目が覚めましたが、6時過ぎぐらいから二度寝することができました。7時半ぐらいにまた目が覚めたので、そのまま起きて、ネットニュースを見ると、

これやーーーーーーーーーーーーーーー!!!

という記事があったので、リンクを貼っておきます。うまく貼れるかどうかは、わかりません。私はリンクを貼るとか、そういう高度な技がなかなか使えません。

https://withnews.jp/article/f0180603000qq000000000000000W07q10101qq000017386A

「無視できなかったインスタ投稿…がんとスティグマ、女性患者の未婚率」です。やっぱりうまく貼れない…。なんでやねん…。

これを読んだときは、寝起きで頭がボ~っとしていて、思わず号泣してしまったのですが、よくよく考えると、女性患者の未婚率とか、がんと結婚とか、それ自体スティグマやないのん?と私は思います。

これは、「結婚すべき」という、私が発見した(と勝手に思っている)「べきべき病」の一種なのでしょうか。胸を切ったら女として見られないとか、女として?どういう意味?女として見られないのなら、男として見られるってこと?ちょっと意味がよくわかりません。

50歳でおひとり様は、その先の人生、大変???どういう意味なのでしょうか。私は理解できません。私は4○歳でおひとり様ですが、今現在大変ではありません。もちろん体はしんどいですが、大変ではありません。

人をあまり当てにしてはいけない???当てにしまくっている私には、やはり意味がよくわかりません。というか、こんなにこの記事をディスって大丈夫なのでしょうか…。

国が旗を振って制度を整備???制度なんか、何もありませんよ。高額療養費や限度額適用認定証などはあります。がん保険に個人で加入している人もいるでしょう。(もうがんて書いてもうてるやん。悪性新生物で通してきたのに。)40歳以上で末期なら、介護保険制度が使えます。しかし、私は当てはまらないので、ヘルパーさんに来てもらう、などはできません。ちょっとこのへんの知識が足りないので、間違っていたらすみません。気になるかたは自分で調べてみてください。明日は我が身なので。

この腐った&狂った&何かがオカシイ日本社会では、がんは自己責任です。実際自分が悪性新生物になって、そのことを痛感しました。今のところ使える制度はありません、と言われたとき、絶望しか感じませんでした。

ぼちぼちの仲間や、職場の人、親友、家族、がいなければ、私は抗がん剤による副作用で外に出られず買い物にも行けず、腐ってしまった生ゴミに囲まれ、そのまま餓死していたでしょう。(抗がん剤て書いてもうた。毒で通してきたのに。)

そういう意味でおひとり様は大変だと述べているのでしょうか。私は人を当てにしまくっているので、そしてこれからも当てにしまくるので、大変ではありません。

そもそも、なぜ結婚しなければいけないのか?結婚するのが当然、という思い込みは、どこからやってくるのか?がんでも結婚してハッピー☆ってこと?私は小学生の頃から、結婚なんて絶対したくないと思っていました。卒業文集で、10年後の自分への手紙のようなものを書いたのですが、友達は「素敵な旦那様と結婚して、男の子と女の子を産んで幸せに暮らしてるかな?」と書いていたのに対し、私は「あなたは絶対に結婚なんてしていないと12歳の私は思うけど」と書き出していました。

12歳の10年後って、22歳です。22歳でもうすでに結婚して二人も子ども産んで、えらい早いなぁと思います。もちろん早くに結婚して子どもを産む人もたくさんいるでしょう。そのこと自体を否定しているわけではありません。ただ、結婚して子どもを産むのが当然、という考え方がどこからやってくるのかが、私にとっては疑問なのです。

がんで結婚したら、パートナーは「無料のヘルパー」になってしまう可能性があるのでは?と私は思います。もし再発したら?もし転移したら?またあの地獄のような治療が始まったら?治療費は一体誰が支払うの?入退院の手続きは?入退院のときの荷物は?どうするの?

やっぱり私には「がんと結婚」というのが理解できません。がんになったから、結婚できない!うわあああん!泣くううう!…???なぜそんなに悲観する必要があるのでしょうか。がんの治療に専念すればいいだけの話だと私は思うのですが。この社会に生きる人々は、何かしらの強迫観念にかられているのでしょうか。

たぶん、もしかしたら、メイビー、恋愛感情はかろうじて、少しばかり、アリトルビット、あるのかも知れません。そんな感情、どこかに置いてきてそのままなので、ちょっと探しに行かないと…。もうすでに腐っているかも…。腐っていたら捨てなければ…。いや、腐って発酵しているかも…?ええ味出してるやん!みたいな?

万が一、私に恋愛感情なるものがあったとしても、結婚したいとはこれっぽっちも思いません。

がんでも結婚したい=パートナーに依存したい、では?これは私の勝手な忖度です。

ちょっと疲れてきました。今から朝ご飯を食べて、洗濯をして、ダラダラゴロゴロしようと思います。

また何か思いついたら、つらつらと書きます。ではでは。

 

悪性新生物より

どうもこんにちは。悪性新生物です。

メーデーや立命館大学や団体交渉の話題をぶったぎるかのようにダラダラと書きます。毒が脳みそに入り込んでしまって、察するとか、空気を読むとか、そういったどうでもいいことができなくなりました。

「おめでとうございます。3cmの元気な悪性新生物です。ほら、ここに写っている真っ黒いのがそれです。とても元気にすくすく育っていますよ。順調ですね」なんてことは言われてないのですが、いま思い返すと、そう言われたような、言われてないような。(※言われてません)

今年の3月と4月はマジヤバイぐらい体がしんどくて、たぶんきっと絶対メーデーにも行けないので残念です。あのダラダラグダグダした感じのメーデーというかピクニックを、実は毎年楽しみにしているのです。当たり前に健康で、当たり前に外に出られる、当たり前に元気な人にはぜひとも行ってみてほしいなぁなんて思います。

あなたの体内には悪性新生物が宿っています、と告知されたときは、あぁやっぱりなぁと不思議な感覚がしたぐらいで、まさかこんなにもしんどい治療だとは思っていませんでした。

自分の体が、自分の脳みその指示通りに動かない、当たり前にできていたことが、できなくなる、当たり前が当たり前でなくなる、普通が異常に見える、そんな日々を送ることになるとは、なんとなく予想はしていたけれど、予想はあくまでも予想で、現実とは大きく違いました。

同じ病気の人たちのブログなどを読んでみても、そこには前向きな、キャピキャピキラキラしたことばかり書かれている場合が多く、私にとっては違和感だらけでした。

苦しいなら苦しい、辛いなら辛い、しんどいならしんどいと声を大にして言えばいいのに、常に明るく前向きでいるべきとか、周りを心配させないように常に笑顔でいるべきとか、一人でこっそり涙を流すべきとか、周りに常に感謝すべきとか、病気でも働いて社会に貢献すべきとか、そんな「べきべき病」が蔓延しているのだなぁ、と私は思いました。

なぜ悪性新生物になってまで、察するとか、空気を読むとか、そんなくだらないどうでもいいことをしなければならないのか。悪性新生物はこうあるべき、こう生きるべき、そんなこと、一体誰が決めたのでしょうか。

私の友達も、私の知り合いも、私の家族も、私の親戚も、同じ病気だったけど、今はピンピン元気!だからあなたも大丈夫!

と、何回も言われました。何を根拠に大丈夫だと判断できるのか理解に苦しみますが、今は右から左に華麗にスルーできるようになってきました。私はこれを言われるのがとてもとてもとってもイヤで、ぼちぼちの事務所にふらぁ~っと行くときも、真夏なのにニット帽をかぶってマスクした変な人、のまま特に何も言いませんでした。

本当は、なぜそんなことを言ってくるのか、わかっているのです。悪性新生物=死、だと思って、それしか言えないのだろうと。治るよ!とも言えないし、かといって死なないで!とも言えないし、もうなんて言ったらいいのだろう…あ、私が知ってる○○さんも~となるわけです。わかっているのです。わかっているけど、もう聞きあきてしまいました。

悪性新生物だからって、上から目線で偉そうに!と思われるかも知れませんが、私は実際上から目線で偉そうで性格が悪いので、当たってます。悪性新生物のせいでも、毒のせいでもありません。元からです。

せっかく悪性新生物になったのだから、これからはやりたいことだけやって、やりたくないことはやらない、基本毎日ダラダラゴロゴロする、と決めました。世間が決め付ける悪性新生物のキャピキャピキラキラした生き方とはかけ離れたものでしょう。それでいいのです。私は私なのだから。

こんなことをメーデーというかピクニックで話したいのに、行けないのでここで書きました。これからも空気を読まず、つらつらと書いていきたいと思います。

ちなみに悪性新生物という言葉、まるで宇宙人のようで気に入っています。