チョムスキー博士 Composite Interview 2

9月21日

1. この出来事に関するメディアの報道のしかたをどうご覧になりますか?著書「マニュファクチュアリング・コンセント(マスメディアによる合意のねつ造」で書かれている湾岸戦争の時の状況に似たところはあるでしょうか?

メディア報道は、ヨーロッパの人々が考えるほど均一ではありません。New York Times紙でさえ今日の朝刊で、ニューヨーク市民の考え方が自分たちが報道してきたのとはかなり違っていることを認めています。これはいい記事で、メインストリーム・メディア(いわゆる一般のマスコミ)が、人々の考え方の違いを報道していないという点にもわずかながら言及しています。このようなことが報道されていないというのは全面的には正しいとはいえませんが、New York Times紙については総じて当てはまることだと思います。しかし、危機が発生すると、主要メディアや有識層が一致団結して権力を支持し、全国民を同じ目的に向かって動員しようとするのは、まったく普通の現象といえます。セルビアの爆撃当時のヒステリックなまでのやり方はまさしくこれに当てはまりますし、湾岸戦争当時の反応も特に珍しいものではありませんでした。もう少し無感情に見られる昔の出来事に目を転じると、第一次世界大戦に対するヨーロッパや北米のあらゆる政治的立場の有識者の反応に、同じような現象を見ることができます。異議を唱えた人たちは数え上げられるほどしかおらず、なかでも突出していた人たち − ローザ・ルクセンブルク、バートランド・ラッセル、ユージン・デブスなど − は投獄されているのです。

 

2. テロリストらが世界貿易センターを象徴的な標的として選んだとして、グローバリゼーションと文化覇権がどのようにアメリカに対する憎悪をかき立てているのでしょうか?

これは西側有識者にとってとても都合のいい考え方です。そう考えることで、世界貿易センターが選ばれる背景となったさまざまな行為の責任を逃れることができるからです。1993年の貿易センタービルへの爆弾テロは、はたしてグローバリゼーションや文化覇権のためだったでしょうか?数日前、Wall Street Journal紙はエジプトの裕福な特権階級の人たち、アメリカ風のスタイリッシュな洋服を着てマクドナルドで食事をするような人たちの考え方を記事にしました。彼らは、アメリカの政策(これについては知りたければ誰にでも情報が入手可能)に対して、客観的な理由から極めて批判的です。その数日前には、親米派の銀行家、医師、弁護士、ビジネスマンなどの考え方を記事にしていましたが、いずれもアメリカの政策には極めて批判的です。「グローバリゼーション」を引き合いに出すとき、マクドナルドやジーンズが大問題であるとでもいうのでしょうか?庶民の感情もこれと似ていますが、富裕層よりはるかに批判的な気持ちが強く、聞こえのいいこのような言い訳とはまったく無縁です。

ビンラディンのネットワークについていえば、彼らはグローバリゼーションや文化覇権にはほとんど関心を持っていません。その関心の度合いは、過去何年間にもわたって、彼らが激しく抑圧してきた中東の貧困で、打ちのめされた人々に対して向けてきた関心とさして変わりません。彼らは自分たちの関心事が何であるかをはっきりと主張しています。つまり、腐敗し、抑圧的な「非イスラム的」な中東地域の政権、およびその支持者に対する聖戦を行っているのです。これは1980年代、ソ連を相手に聖戦を行ったのと同じことなのです(現在のチェチェンと中国西部での戦い、1981年のエジプトのサダト大統領暗殺などもこれに属する)。ビンラディン自身、「グローバリゼーション」などということばを聞いたこともないでしょう。Independent紙記者のロバート・フィスク氏のように、ビンラディンとつっこんだインタビューをしてきた人たちは、ビンラディンが世界情勢についてほとんど無知で、知ろうという気持ちもないと報告しています。このような事実を見ないふりをして、自己満足的な作り話に浸ることはできますが、これには私たち、そして他の人たちにとって大きな危険が伴います。また、ビンラディンら「アフガーニ」のルーツも決して秘密ではありませんが、これも無視しようと思えばできるのです。

 

3. アメリカの国民は、このことが見えるほどの知識や情報を持っているでしょうか?ここに因果関係があるという認識はあるでしょうか?

残念ながらありません。これはヨーロッパの人々にもいえることです。上記の中東地域特権層の考え、そしてそれをさらに強くしたかたちで庶民層が抱いている気持ちは、アメリカではほとんど理解されていません。これを如実に物語っているのが、アメリカのイラクに対するのと、イスラエルの軍事占領に対する政策との違いです。後者については、重要な事実はほとんど報道されることがなく、ほとんど誰にも、特に有識層のエリートには知られていません。例を挙げるのはとても簡単です。何年にもわたる記録が、たった今起こっていることに至るまですべて揃っています。

 

4. アメリカ政府の反応はどうご覧になりますか?また、アメリカ政府は誰の意思を代表しているのでしょうか?

アメリカ政府は、他のどの国の政府とも同じように、主に国内の権力中枢の意思を代表しています。これは分かり切ったことであるべきです。もちろん民意の流れなど、他の影響もありますが、これはどのような国にも、例えば残忍な全体主義体制にすら見られることで、もちろん民主的な国では民意の影響の度合いが高いのはいうまでもありません。現在ある情報から分かっていることは、アメリカ政府はこの機に乗じて、これまでの懸案を押し通そうとしているということです。それは「ミサイル防衛構想」(宇宙の軍事利用のコードネーム)を含めた軍備拡張、社会民主主義的なプログラムの削減、さらにはグローバリゼーションの傍若無人に対する批判や、環境問題、医療保険問題などなどに対する抗議の弱体化、世界の富をさらに狭い層に集中させようとする政策の実施(例、キャピトルゲイン税の廃止)、議論や抗議行動を排除するための社会規制の強化などで、これはすべて通常の、まったく自然な成り行きです。テロに対する反応に関しては、諸外国の指導者、中東専門家、および自分たちの情報機関の意見を聞いているものと思いますが、大規模な軍事報復は、ビンラディンにとって願ってもないことだという報告を受けているはずです。それでも、この機に乗じて非常な武力を使って敵を攻撃しよう − その結果エスカレートする暴力の悪循環の犠牲となり、アメリカやヨーロッパを含め、罪のない人々が何人死のうとも − と考えるタカ派分子もいるのです。この図式には歴史に数多くの前例があります。いつものように、両側に余るほどビンラディンがいるのです。

 

5. 経済のグローバリゼーションによって世界中に西側のモデルが広まり、アメリカは先頭を切って、ある時は怪しげな方法で、そして多くの場合は現地の文化に屈辱的なかたちで、このような広まりを支持してきました。私たちは過去10年間のアメリカの戦略政策の結果を目にしているのでしょうか?アメリカは罪のない被害者なのでしょうか?

これはよく聞かれる議論ですが、私は賛成しません。その理由の一つに、西側モデル、特にアメリカのモデルは、政府による莫大な経済介入に基づいているということがあります。「ネオリベラリズムのルール」はその昔のルールと寸分違わぬ二重基準なのです。つまり、「市場原理は君にとってはいいことだ。一方、私にとっては競争に勝てる場合にだけ一時的によく、それ以外の場合にはよくないことである」というものです。

第二に、9月11日に起きた事件は、グローバリゼーションとはまったくといっていいほど無関係だというのが私の意見です。あの事件が起きた理由は別のところにあります。9月11日のような犯罪行為を正当化する理由などあろうはずもありませんが、アメリカを「罪のない被害者」などと呼ぶことは、広く公にされているアメリカやその同盟国の行動を、こちらの都合で見て見ぬふりをしない限りすることはできません。

 

6. 日常生活のさまざまな権利の制限から、新たな同盟や敵対関係を含めた世界戦略に至るまで、9月11日以降、すべてが変わることになるとあらゆる人が異口同音にいっています。この件に関してどのような見解をお持ちですか?

火曜日の恐るべきテロ攻撃は、世界情勢の中で前例のない事件でしたが、それはその規模や性格というのではなく、その標的がアメリカだったという点で今までになかった事件でした。1812年の戦争以来、アメリカは自国領土に対する攻撃はおろか、脅威にさらされたことすらありません。植民地が攻撃されたことはあっても、自国領土への攻撃はこれが初めてなのです。この間アメリカは先住民を事実上せん滅し、メキシコの半分を占領、周辺地域に武力介入し、ハワイやフィリピンを占領し(その過程でフィリピン人を何十万人も虐殺し)、特に過去半世紀には、武力によって世界中にその影響力を拡大させてきました。犠牲者は途方もない数に上ります。そして今回、初めて銃口がこちら側に向けられたのです。これはヨーロッパにとっても同じ、もしくはそれ以上に大きな衝撃となりました。ヨーロッパ域内でも数々の殺戮と破壊が繰り返されてきましたが、これらはあくまで域内紛争でした。その一方で、ヨーロッパの各勢力は、極めて残虐な方法で世界の大半を征服していったのです。それでもインドがイギリスを、コンゴがベルギーを、東インドがオランダを攻撃することはありませんでした。ごく少数の例外はありましたが、ここ数世紀の歴史上、実に前例のないできことです。ただし、残念ながらその規模に前例がないのではなく、その標的に前例がないということです。

これによって、国内のさまざまな権利が長期的に、重大なかたちで制限されることになるかというと、私はそうは思いません。そのようなことをくい止める文化的、制度的な障壁がしっかりと確立されていると思います。もしもアメリカが暴力の悪循環を増長させ、ビンラディンやその仲間の願いを叶えるような反応に出たとしたら、その結末は計り知れないものとなるでしょう。もちろん、法に則った、建設的な方法もあることはいうまでもありませんし、これにも数多くの前例があります。比較的自由で民主的な国々では、目覚めた民衆が、より人道的で尊敬に値する方向に政策を誘導していくことができるのです。

 

7. 世界規模の情報機関や国際統率システム(例、Echelon)などでさえ、国際的なイスラム・テロ組織に関する情報をつかんではいても、この事件を予見することはできませんでした。ビッグブラザーが目を閉ざしていたのはなぜでしょうか?今後はさらに大きなビッグブラザーが登場することになるのでしょうか?

これまでヨーロッパでは統率システムとしてのEchelonに対して各方面から多くの危惧が表明されてきましたが、正直いって私はあまり高く評価していません。世界規模の情報システムを見た場合、ここ数年の失態はあきれるほどであり、このことは私を含め、何人かが著してることなのでここでは触れません。調査対象が9月11日の事件の首謀者と目されているビンラディンよりもはるかに扱いやすい場合でも同じようなことが起きています。ビンラディンのネットワークがソ連軍に対する聖戦を行い、駒として役に立っているとき、組織の設立からあらゆる支援提供に至るまで深く関与してきたCIAやフランス諜報機関であれば、その組織についてある程度よく理解していると考えるのはごく普通ですが、このような機関でさえ1981年のサダト大統領の暗殺、アメリカ軍をレバノンから事実上撤退させた1983年の自爆テロ、そしてこの世界で「ブローバック」(跳ねっ返り)と呼ばれるその他数多くの事件を未然に防げるほどの情報は持っていなかったのです。

もはやこれらのネットワークは極めて分散化し、上下系統がほとんどなく、世界各国に散らばり、潜入することが非常に難しくなっています。諜報機関には、より多くの資力がつぎ込まれることになるでしょうが、このようなテロの脅威を本当の意味で減らそうとする場合、その原因を理解し、それに取り組んでいく努力が不可欠です。

オクラホマ・シティーの連邦ビルが爆破されたとき、中東を爆撃すべきだという声がただちにあがりました。しかし、犯人がアメリカ人の極右活動家だということが分かると、このような声は消えています。そのとき、この活動家の本拠地であるモンタナ州やアイダホ州を爆撃しようという意見は聞かれませんでした。犯人を捜し出し、捕らえ − そしてここが重要な点ですが − このような犯罪の背景となった不満などを調査し、その問題に取り組む方向にことが運んでいったのです。すべての犯罪には − それが街中の窃盗事件でも、大きな残虐行為であっても − 理由があります。理由のなかには重大な問題が含まれていることもあり、解決を迫られる場合も多々あるのです。今回の場合も − 少なくともテロの脅威をエスカレートさせるのではなく、それを減らしていこうと考えるのであれば − 状況はなんら変わりません。

 

8. 「悪魔:ビンラディン」 − これは「敵」なのでしょうか、それとも悪を特定し、擬人化するためのブランドやロゴのようなものなのでしょうか?

ビンラディンが今回の事件に直接関与していると見なされるかどうかは分かりませんが、彼が大きな影響力を持っていたネットワークが関与している可能性は高いといえます。ちなみに、このネットワークはアメリカとその同盟国が自らの目的達成のために作り上げたもので、その目的を果たしてくれている間は支援を提供し続けてきたネットワークです。このような大規模な残虐行為の背景に何があるかを探り出すよりは、究極の悪のシンボルとして敵を擬人化するほうがはるかに簡単です。そして、いうまでもありませんが、誰しもが自分の果たしてきた役割を見て見ぬふりをしたいという強い誘惑にかられます。今回の場合、アメリカやその同盟国が果たしてきた役割に関する情報を見つけだすのは簡単で、実際このような情報は中東地域やその近年の歴史について少しでも知識を持っている人ならば誰でも知っていることです。

 

9. この戦争は新たなベトナムになる危険をはらんでいませんか?アメリカではベトナム戦争のトラウマがまだ残っていますが。

これはよく耳にする例え話ですが、私の意見では、数百年に及ぶ帝国主義に基づく暴力の歴史が、西洋の知性や道徳観念に残した極めて根深い影響がここに露呈されていると思います。ベトナム戦争は、南ベトナムに対するアメリカの攻撃で始まり、最終的にはインドシナ半島の大半を破壊し尽くしました。この極めて基本的な事実を直視しない限り、ベトナム戦争について真面目に話し合うことはできません。アメリカがかの戦争で大きな損害を被ったのは事実ですが、インドシナへの影響はそれとは比較にならないほどひどいものでした。アフガニスタン侵略もソ連にとって大きな損害となりましたが、この犯罪行為を考えるとき前面に出てくるのはソ連の損害ことではありません。