■「社会生活の逃避者」とは何か
ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の施行に伴う、野宿者の「自立」にまつわる問題を山北輝裕[2006, 29]は以下のように整理する。
2002年に「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(以下、特措法)が施行され、国は野宿者を「働ける者」「働けない者」「社会生活の逃避者」という3つのカテゴリーに分類している。そして「働ける者」とされる野宿者には、自立支援センターに入所させ就労による自立を、また「働けない者」には施設や病院等を経て生活保護などによる保障を、そして公園等で野宿する人々には、指導の後に強制排除をとることが示されている。 自立支援センターといっても、紹介される職は不安定なものが多く、再び野宿へと戻る可能性も高い。そしてシェルターなどの施設も期限つきであり、もともと小屋などを建てて生活していた場所は、小屋を取り壊すことが条件で入所が可能となる。野宿状態になり、身体を酷使し、病気になり、病院へ入院する。退院間近になり、身の振り方を考える際、65歳未満は「働ける」という理由により、生活保護による保護が受けれない状況があり、かといって、自立支援センターは期限つきの屋根と食事がつく程度で、職につける保証はない。そしてまた野宿に戻り、自分でアルミ缶をなどを集め野宿を営むと、今度は「社会生活の逃避者」として、排除の対象となる。 特措法における自立観とは就労による経済的自立観であり、この自立観に見合わない野宿者に対しては施設に収容するか、公共空間から排除するメカニズムを内包している。この限られた選択しのなかで、当事者が身の振り方に戸惑わざるをえない…
|
現在の公的なホームレス自立支援施策は「社会生活の逃避者」をネガティブな存在として捉える。しかし、「働ける者」と「社会生活の逃避者」との境界線をひくことは果たして可能なのだろうか。まず、自立支援施策を利用する「働ける者」について考えてみよう。
北川由紀彦[2006]は、東京の自立支援センターの利用経験者への聞き取り20ケースを元に、東京の自立支援システムを以下のように評する。
東京都がこの自立支援システムに関して「自助努力」と「自己責任」を強調し、原則的に一人一回のみ利用化、という制限を設けているのは、センター入所者のうち、ある程度の人数が再度路上へと戻ることをあらかじめ計算に入れてのことだろう。東京都にとって野宿者は、もはや単に強制的に排除することも放置することもできず、かといってかつてのように山谷という特定地区に封じ込めて日雇労働市場に吸収させておくこともできなくなった人びとである。自立支援システムは、そうした人々に“住所させあればまた仕事につけるかもしれない”という淡い期待をあたえておいて、その内「就労自立」できなかった人びとを路上へと切り捨てる。「自助努力」と「自己責任」の強調は、この切り捨てに際して、システムの問題(生活保護から事実上切り離しての、就労に特化した支援の不十分さ)や、その背後に横たわる(不安定化の度合いを増し、失業者・野宿者を生み出し続けている)労働市場の問題を、「就労自立」できなかった野宿者個々人の資質や努力の問題へとすり替えていくためのレトリックにほかならない。[北川 2006, 158-159]
|
このように、現在の公的な自立支援の施策には、困難な状況に置かれた個人の自己責任を問題とし、マクロな社会レベルの問題を放置するために機能している一面がある。
出口のない迷路で出口を探し続けることを拒めば「社会生活の逃避者」ということになってしまう。しかし、出口のない迷路で出口を探し続けることに比べれば、「社会生活の逃避者」と言われる野宿生活の中で都市雑業的な自営の労働をして、自分の生活を成り立たせていく方がよほど現実的な生き方だと言えないだろうか。
自立支援施策が想定するような「社会生活」を送れる場所と手段の有無を確かめないままに、「社会生活」が当たり前の前提として通用してしまっているのが現状であると言えよう。
■「社会生活」とは何か
※編集中
- 北川由紀彦, 2006「野宿者の再選別過程:東京都『自立支援センター』利用経験者聞き取り調査から」狩谷あゆみ編『不埒な希望:ホームレス/寄せ場をめぐる社会学』松籟社
- 山北輝裕, 2006「勝ち取ることの背中――野宿者支援における「代行」の引き受け―」広島部落解放研究所『部落解放研究』12
関連論文
- 高沢幸男, 2006「自立とは自分を追い出した社会に戻ることなのか?」『現代思想』34(14): 188-195
- 妻木進吾, 2003「野宿生活:「社会生活の拒否」という選択」『ソシオロジ』48(1): 21-37
- 平川茂, 2005「『路上の権利』と『見守りの支援』――野宿生活者の〈逃避〉タイプのニーズ(必要)をめぐって」大阪市立大学社会学研究会『市大社会学』5: 53-67
- 丸山里美, 2006「自立の陰で:ホームレスの自立支援をめぐって」『現代思想』34(14): 196-203
- 山北輝裕, 2006「野宿生活における仲間というコミュニケーション」『社会学評論』57(3): 582-599
- 山田壮志郎, 2003「ホームレス対策の3つのアプローチ――『就労自立アプローチ』への傾斜とその限界性」『社会福祉学』44(2): 24-33
関連文献
『現代思想』2006年12月号, vol.34-14, 青土社「特集 自立を強いられる社会」
|