先日ぼちぼちで取り組んだ学習会のレジュメを公開します。
テーマは「偽装請負と労働災害」です。請負と雇用契約の違い、労災保険法上の労働者性など基本的なことを丁寧に学びました。
――――――【以下レジュメ】――――――
ユニオンぼちぼち学習会「「偽装請負」と労災保険」 2016年6月13日
- 請負契約とは
請負とは、仕事の完成に対して報酬が支払われる契約のことを指す。(民法632条)
それだけだとわかりにくいので、雇用契約と比べてみる。
雇用契約は労働に従事したことに対して報酬が支払われる。(民法623条)
使用者に従事し、指揮監督下にあることがポイントになる。請負契約の場合は完成した仕事を提供すればいいので、完成するまでの過程では、業務の内容や、勤務時間、場所などは一定自立的である。
→他人に指揮命令をして働かせる場合は、雇用契約であることが原則。間接雇用は労働者供給事業として職業安定法で禁止されている。
職業安定法44条「何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。」
- 偽装請負とは
- 派遣を請負と偽装しているタイプ
実態としては労働者派遣でありながら、請負を装って働いている。
労働者は請負会社A社(本当は派遣会社)と雇用契約を結び、請負先B社(派遣先)の指揮命令のもとで働くことになる。
請負であればB社は指揮命令ができないはずだが、労働者は指揮命令下にある[1]。それでいて派遣契約にある期間制限や、直接契約申し込み義務を回避している。
- 雇用契約を請負と偽装しているタイプ
実態としては雇用契約でありながら、労働者を個人事業主として、業務を委託しているということにし、請負契約を交わしている。しかし、実態としては委託会社(本当は使用者)の指揮命令に従って働いている。
使用者としての責任や規制をないものとしながら、委託しているはずの個人事業主を指揮監督下に置いている。
今回の学習会では、①ではなく②を扱う。②のタイプは偽装の請負契約がまかり通ると、災害の責任は名目上の個人事業主(実態は労働者)が追うことになる。労災保険が適用されるのかどうかと、適用されるのであればなにがポイントとなるのかを押さえたい。
- 労災保険
- 労働災害における会社の4つの責任[2]
- 労働安全衛生法における刑事責任
- 刑法211条1項の業務上過失致死傷罪における刑事責任
- 労基法・労災保険法における労災補償責任
- 被災労働者や遺族に対する民事上の損害賠償責任
労災保険は③のための保険制度。労基法75条から88条では労働者が業務上負傷し、または疾病にかかった場合、療養にかかる費用、療養中の賃金の補償、障害・遺族補償を使用者が負担することを定めている。
→仕事中、または仕事に関わることでケガや病気をした場合は、会社(使用者)にはその補償をする責任がある。会社の補償能力に関わらず補償を迅速、確実にするために労災保険によって保険者(政府)が補償を代行する。
- 労災保険のポイント
・従業員を一人でも使用している事業場は強制的に加入する。
・適用されるのはすべての労働者
→正規・非正規を問わず、学生、外国籍の人も対象となる。
・保険料は全額会社負担
・被災労働者本人または遺族が請求しなければ労災給付は受けられない。
→請求は会社が行うものではない。会社が非協力的であっても請求はできる。なお、請求権には期限がある。起算日から2年(障害給付と遺族給付は5年)
- 労災保険給付の概要[3]
- 療養
療養(補償)給付。無料で治療を受けられる。療養もしくは、療養の費用が給付される。
- 休業
休業(補償)給付。業務上又は通勤中の傷病により、休業をした労働者の所得を保障するための給付。休業4日目から支給される。3日目までは待機期間となり、この期間は労基法に基づいて、事業主が休業補償をしなければならない。ただし、通勤災害は、事業主が補償を行う義務は発生しない。
- 傷病
傷病(補償)年金。傷病が1年6ヵ月を経過しても治らず、その状態が重い場合に支給される。
- 障害
障害(補償)年金。傷病が治癒した後に障害が残った場合に支給される。障害の程度[4]に応じて、年金または一時金が支給される。
- 遺族
遺族(補償)年金。業務上、または通勤により労働者が死亡した場合に、その遺族に給付される。受給資格者に「年金」が原則。年金の受給資格者がいない場合は、一定の遺族に一時金が支払われる。
- 葬祭
葬祭給付。業務上、または通勤により労働者が死亡した場合、葬祭を行うものに対して支給される。
- 介護
障害(補償)給付。障害(補償)年金または傷病(補償)年金の受給権者で、障害等級または傷病等級
- 「治癒」
労災保険の給付は「治癒」が基準になって体系化されている。労災保険上の「治癒」とは、身体の状態が健康時の水準に完全に回復した状態だけでなく、傷病の症状が安定し、医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態(症状固定の状態)も含む。
完治=「治癒」ではないことに注意。相談でも、完治していないのに「治癒」と言われて給付を打ち切られたというケースがあった。
なお、治癒後に再び療養が必要となる状態になった場合は、「再発」として、再び治癒前の保険給付が行われる。
- 各社会保険制度の守備範囲[5]
労災保険 業務上・通勤途上の負傷、疾病、障害、死亡など
健康保険 業務災害以外の疾病、負傷、死亡
厚生年金 老齢、障害、死亡(業務上は不問)
国民健康保険 疾病、負傷、出産、死亡(業務上は不問)
国民年金 老齢、傷病、死亡(業務上は不問)
- 労災保険と国保・国民年金の比較
「偽装請負」で働かされている人は、雇用契約ではないため国保、国民年金に加入していることになる。業務災害にあった場合も、一応はこれらの社会保険から給付を受けられることにはなるが、労災保険は自己負担がなく(健康保険は三割自己負担)、休業補償のように国保などでは補償されない範囲もカバーしている。
- 労災保険における労働者性
「偽装請負」で働いている人が、業務中にけがを負った場合、労災保険の適用を受けられるか?
- 労災保険の適用範囲
労災保険の適用を受けられるのは、「労働者」と特別加入している個人自業者に限られる。[6]労働者であれば適用を受けられるが、個人事業者であれば特別加入は任意加入なので、事故発生時点で加入していなければ保険の適用は受けられない。
このケースでは、労働者なのかどうかで適用を受けられるかが決まる。
- 労働者性の判断
請負の事業主か労働者かは、契約の名目ではなく実態によって判断される。
労災保険法における「労働者」は、労基法上の「労働者」と同一とされている。[7]
労基法で労働者は、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(同法9条)と定義されている。㈠使用される者で、㈡賃金を支払われる者となる。
事業主か労働者かはグレーゾーンも大きく、明確な基準があるわけではない。個々の事例ごとに、以下の基準に則して総合的に判断される。[8]
・仕事の依頼、業務従事に対する諾否の自由の有無
・勤務時間・勤務場所の拘束性
・業務の内容・遂行方法に関する使用者の指揮命令の存在
・第三者による代替性
・報酬の労働力の提供に対する対価性
・生産手段・材料の所有関係、他人労働の利用の有無
・使用者による労働条件の一方的有無
- 会社が労災保険に加入していなかった場合
契約上は請負であったが、実態としては労働者と認められる場合、これまで会社は労災保険に加入していなかったことになる。それでも、労災保険は法律上強制加入なので、労働者と判断されれば遡って適用されることになる。①であげた、特別加入制度は任意加入なので、事故の後に申請しても遡って適用はされない。
- 申請と不服申立
労災保険の保険者は政府だが、実際の実務は厚生労働省とその出先機関の都道府県労働局及び労働基準監督署が行う。
申請は労基署で受けつけられ、保険給付の決定は労働基準監督署長が行う。労働者かどうかなどがあいまいなケースでは、労働者性を補強する証拠をできるだけ集めて申請することが必要になる。
保険給付に関する決定に不服がある場合は、その取り消しや変更を求めて不服申し立てをすることができる。
決定が出された日から期日以内に労働者災害補償保険審査官に審査請求をし、その決定にも不服がある場合は、労働保険審査会に再審査請求ができる。その結果にも納得できない場合は裁判所に訴訟の提起をすることができる。
[1] なんで派遣契約なら、他人を雇用せずに指揮命令ができるのかは省略。
[2] 会社が労災を隠したがる理由として、ひとつには労災保険料が災害件数に応じて増額されること、つまり労災が多い事業所は保険料も高く設定されることと、もうひとつは労働災害に対する補償を認めることで、①・②・④の責任も追求されることがあげられる。④の損害賠償については労災保険給付によって一定責任を免れるが、精神的苦痛に対する慰謝料や、死者の生涯賃金などは支払わなければならないことがある。
[3] 大きく分けると①から③は傷病の治癒前の保険給付、④は治癒後の給付、⑦は治癒前と後にまたがって給付される。⑤と⑥は死亡した場合に遺族が受けるものとなる。
[4] ここでいう障害の程度(障害等級)は、労災保険独自のもので第1級から第14級まである。障害年金や障害手帳とは別のもの。
[5] シルバー人材センターでの請負業務中の負傷をきっかけに、労災保険と健康保険の谷間が問題になった。(資料①毎日新聞2012.09.26 東京朝刊「「谷間」救済 シルバー人材センター会員ら」)
その後、健康保険法の改正(2013年5月31日)によって、一定解消された模様。(資料②労政時報第3850号)
[6] 労災保険の特別加入とは、特定の業種の中小事業主や個人事業主の任意加入を認めている制度。あくまでも任意なので、事故が起きた後に遡及して加入することはできない。
[7] 横浜南労基署長(旭紙業)事件 平成8年11月28日。労災申請の可否について、業務従事者が請負事業者か労働者かが争われた。
[8] さらに詳しく知りたい場合は、『労基法研究会報告「労基法の『労働者』の 判断基準について」昭 60.12.19』で裁判例や厚生労働省が示している解釈例規を元に整理されている。