働ききれない者たちの失楽園

6月29日に行われた就職ガイダンス番外編 第一回「そこそこ働いて生きてきた~労働に関する法律のツボ~」の報告です。
「働ききれない者たちの失楽園――京都精華大学「ぼちぼち働いて生きてきた」労働法講座の記録」
昨年から京都精華大学・社会学研究会が主催して、大学の就活支援に対抗し、独自の就職・労働講座を設けています。どの大学も正規雇用での就職活動を学生に薦めます。でも日本経済を回しているのはいまや非正規雇用。学生の多くも派遣社員、契約社員、嘱託社員、パートタイマーといった働き方をしていきます。でも大学はそんな働き方については教えてくれません。そこで学生たちは立ち上がりました。昨年は、労働問題に直面したときの対処法と、生活保護の取得法を車座で話しました。今年も継続して、就職活動をしなかった詩人、高学歴貧困者の労働組合員を招き、「ぼちぼち働いて生きてきた」二人の話を聞くことで、非正規雇用で生きていく生活のモデルやヒントを探ろうという趣旨です。
まず社会学研究会の学生の変化に驚きました。彼らは一年間でずいぶんと年を取り疲弊していのです。みんな四回生になって、就職活動に直面したり、しきれなかったりしていた。いろんな活動をしてきた彼らにとってさえ、就活は苦しい。そんな彼らの顔に刻まれた年輪を見ながら、昨年同様に作られた無料カレーを、雨の中でさっそく食べました。美味でした。図書館前で行われる予定が雨のために場所を変更して、スクールバスの停留所前(なんと学生課事務室前)へ。畳が敷かれ、カレーの匂いがただよい、ワインとビールが振舞われるなか、のべ20人くらいの人を前に(バス待ちの学生・教職員をふくめたらとんでもない数)講座は行われました。
詩人・良心的就職拒否者の竹村正人は、正規雇用の就職にはモデルがあるけれどマイノリティ(就職拒否者)にはモデルがないと語る。就職活動期間中は同世代の友人たちから強い圧力を受けた。しかし年上の非正規雇用者たちから多くを学んだ。いまの職業は詩人と障害者ヘルパー。詩集を作り、詩を朗読し、詩によって人と繋がる。詩こそが社会的協働のモデルなのだと、その場で安里健の詩を朗読。安里の『私の履歴書』は履歴書の項目にすべて「うんこ」と答える詩。雨の中スクールバスにのった人達が連呼される「うんこ」の音に耳をすませていた。日ごろ圧迫感を与えられる履歴書がとても軽く豊かなものになる経験を、詩の朗読によって共有した。
高学歴貧困者・労働組合員の高橋慎一は、かつて某テレビ局「高学歴ワーキングプア」特集の取材を受けた。しかし楽しく生活しているので一般の共感を呼び難いと言われる。マスメディアには決して映らない、貧困だけどほどほどに楽しく生きて貧困問題を批判している人たち。高橋もその一人。違法日雇バイトで疲れはて大学院へ。組合活動をへて理不尽な上司の下で怒鳴られる抑圧経験から解放。立命館大学の雇用問題から、近畿地域の企業との争議へ。「労働組合は労使の格差を調整する機能をもつ。会社から不利益を受けることなく会社と交渉できる。職場で何かおかしいと感じたら法律的にも何かある場合が多い。職場での違和感や直感を手放さないでください」と呼びかけた。
スクールバスの待合ベンチや畳に座る参加者からは口々に意見が出てきました。
「私はこの大学の非常勤講師です。今日ちょうど授業で、社会が個人化される傾向について話しました。今日のお話は集団で集まることの力を肯定するものだったと思いますが、集団への忌避感を超えてどんな集まり方がありうるのか。」「おれは学生です。働きたくない。横ですごく働いている奴がいるとこっちも働かないといけなくなる。横でぜんぜん働いてない奴がいるとこんな奴と同じ給料かと思う。労働を拒否できたらこんな気持ちもなくなるのだろうか」。「あたしは非常勤の職員です。同じ職場にいて何か似たような違和感をもっているのに、皆ばらばらになっている。なぜなのかと思うのですが…。」「学生です。うちの父さんがいま大変で…」等など。
ワインとビールとカレーを飲み食べしながら、熱い意見交換が行われました。
昨年、僕は京都精華大学での講演の記録を「京都精華大学は楽園だった」と書きました。しかし今年の京都精華大学は「失楽園」に見えました。大人たちが言うように大学は大学外の圧力を遮断する面もあります。でもよく見たらそんなことはありません。大学の中では雇用問題が吹き荒れ、学生も教職員も永遠に続く就職活動の圧力に曝されています。労働や就職の現場において、個人の能力や責任を語る貧困な言葉に対抗するためには、この日のように、人が集まることの素晴らしさや難しさについてもっと考えなくてはいけないと思います。この場の暖かさに触れて、やはり楽園をいたるところに作り出す力を、精華大学の人たちは育んできたのだなと思いました。本当にお疲れ様でした。
(T)

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