月別アーカイブ: 2018年7月

テクストは浸透するか

大きな地震に続いて、大雨がやってきました。

どちらの出来事も、今もなお多くの人を苦しめ続けているようで、安全な室内で番茶をすすりながら、こうしてキーボードを叩いていることすら、なんだか申し訳なく思うと同時に、そうやって申し訳なく思うことすらも、あたしの置かれた場所からの言葉でしかないという残念な認識を恥ずかしくも思っている、夕下がりのひと時です。

先日の大雨の際、あたしの住んでいる昭和39年の建てられた木造の文化住宅の室内は、連日湿度が80パーセントを悠に超えていて、四国や九州の大雨情報をチェックしている時にも、こうして湿りきった建物が地震の時に倒壊しないのだろうかと不安な日々を過ごしました。部屋に干した洗濯物がおじさんの使った後のまくらのような臭いを放ち、いつまで食器拭きでふいても乾燥しないまな板からよからぬ菌が増殖しているような気さえして、なんども漂白を繰り返したりもしました。

密閉率の高いコンクリートのマンションに住んでいる人にはわからないだろう外気の侵入を、文化住宅に住んでいると味わいます。雨の日はジメジメし、外を車が通れば部屋が揺れます。下校途中の子供たちがリコーダーを使って奏でる旋律を聞くこともできますし、近くで起こる誰かの喧嘩の理由もだいたいわかります。この部屋はとにかく浸透するのです。湿度や気温だけでなく、喜びも不安も悲しみも、そういった生のもの全てが。

不安という感情は原因のわからないものなのかもしれません。不安とは原因が分かれば不安ではなくなってしますものなのかもしれません。ですから、あたしが大雨の時にこの部屋で感じた不安の原因など、あたしにははっきりわかりません。

あたしの不安を誰かが聞き入れる時、あたしの不安の原因そのものについてはどうにもできないように、あたしも誰かの不安の原因そのものについてはどうにもできません。ただ、テレビモニターやスマートフォンの液晶に投影された人の形や文字列が不安そうにしている様子をあたしは確認しているだけなのでしょう。原因のわからない不安がネットワークを通じて伝染していくのを、ただただあたしは見ているだけでした。

もし仮に、テレビやインターネットの情報ネットワークがなかったら、あたしは誰かの不安を受け取ることができませんでした。もし仮に、この部屋さえなかったら、あたしは外気と部屋の区別さえつけることができずに、文化住宅の倒壊を恐れすことさえもできなかったのかもしれません。不安が人間の声帯や指や眼球など具体的な身体を通じて表明されなければ、その人が抱えるそれは、どこにも共鳴することなく、その人の中で響き続けることでしょう。不安を感じる人が不安を表明するデバイスを必要とするように、不安を受け取る人もまた、それらが共鳴する場所を必要としているのかもしれません。

あたしたちに病み得る身体がなければ、誰かの身体の不調を気遣えないように、あたしたちのあらゆる物理的脆弱さは、誰かの脆弱さを受け入れる潜在的な条件を形成しているのだろうとあたしは思っています。

人間の身体に逃れがたくある脆弱さを、貧困な生に逃れがたく存在する不安定さを、誰たのために使うことは可能でしょうか?そして、その物理的な逃れがたさを契機にして、物理的な安全性の向上も含めた変革を企図することは可能でしょうか?そして、その企図が実現して人の心配が過ぎ去っていくことを喜ぶことは可能でしょうか?

この部屋には外気とともにあなたの言葉も浸透してきています。この部屋にはあなたの脆弱さが共鳴しています。あなたが発するあなたの脆弱さの響きを始まりとして、それでもこうして細やかな変革は起こっています。

だから、あたしは、あなたの脆弱さが反響するためのこの不満足な言葉が充満する場所に、これからもあなたが立ち寄り、時には、逃げていくことを望んでいるのです。

立命館大学は恥を知れ

昨日7月13日に行った立命館大学との団体交渉の報告です。
 
論点は、雇止めを撤回された組合員の講義の補償および「授業担当講師」制度の廃止についてでした。
 
講義の補償は、すでに実現したケースもありますが、前回の団交で約束した7月末の期日までギリギリの調整が続いているケースもあります。大学がムチャクチャな雇止めをしたため、当事者の生活や研究、就職活動(2018年度の「教育歴」を書けずに履歴書を出さざるを得ないなど)において大きな混乱が生じており、今回議論した方も、研究のスケジュールや他の講義との関係で補償の内容について調整を行う必要がありました。
 
講義の補償の内容について大学・学部と話すことはできましたが、もし講義を補償できなかった場合の金銭的補償の水準については折り合いがつきませんでした。組合は、大学に非があるのだから最低でも100%補償すべきだと主張しましたが、大学は、受講生が集まらなかった場合の「閉講」と同じ水準である50%しか払えないと主張しました。労基法の定める60%という意見もあったそうですが、50%に値切った上での回答だったそうです(年収1000万円を超えると思われる理事たちが、不当な雇い止めをした非常勤講師への補償を少しでも値切ろうとする姿は醜悪でした)。この点については再度検討して7月末までに回答するということになりました。
 
「授業担当講師」については、これまでの団交で散々否定されてきた「専任率の向上、カリキュラムの安定 性・柔軟性」といった“説明”を繰り返した上で、廃止はせず2年間様子を見て検証したいという回答がありました。前回の団交で、今回の雇止めの原因となった条項が削除され授業担当講師の雇止めは2年間行われなくなったのに、制度を維持して何が検証できるのか質問したところ、「学内外における改正労働契約法をとりまく現状を見極めたい」との回答がありました。
 
これまで組合は、「授業担当講師」制度の導入は改正労働契約法への対応、脱法行為だと主張し、大学は否定しつづけてきましたが、やっと認めるかたちとなりました。その上で、改めて「授業担当講師」制度の廃止について検討し、7月末までに回答するように約束させました。回答の内容次第では、抗議行動を行います。
 
ちなみに 、「授業担当講師」制度の導入を行った当時の人事部長である西川幸穂氏は、現在も学校法人立命館常務理事であり、不当な雇い止めに対する責任をとることなく、大学マネジメントのプロフェッショナルとして講演を行ったりしているそうです。
恥を知れ。

病室より愛を込めて

あんたが一番クレイジーだよ!そんなことはとっくの昔にわかっています。ミチコです。

カナダへの熱い想いの続きを書きたいのですが、通院通院通院入院手術、と、めちゃくちゃ忙しいです。

フルーツ盛り持ってこいとか、菓子折り持ってこいとか、お見舞いに来いとか、言っているわけじゃないんですよ?

人見知りという言葉の意味がよくわからない私、早速同じ部屋の患者さんたちと談笑しています。

ところで、好きな歌がまた増えました。SEKAI NO OWARIの、「サザンカ」です。

これも良い歌詞ですね。心がほっこりします。

退院して落ち着いたら、カナダへの熱い想いの続きを書きます。しばらくお待ちください。え?誰も待ってない?そんなぁ~。

ではでは。

病室よりミチコがお送りしました。

元気です。

 

明日、7月7日の労働相談のお知らせ

荒天時の京都事務所での労働相談中止のお知らせ
7月6日の21時現在、京都市に、大雨、洪水警報が発令されています。
土曜日の13-18時は、京都事務所で労働相談を受け付ける予定の日ですが、交通機関の乱れや、危険性を鑑みて、7月7日の朝9時に京都市の警報が解除されていなければ、事務所での労働相談を中止に致します。
悪しからずご了承ください。