ユニオンぼちぼち結成宣言

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ユニオンぼちぼち結成宣言
私たちはいま、まるで難民キャンプで生活しているかのようです。
私たちの生活から見える世界を語ろうとしても、
無視されてしまう、言葉をすりかえられてしまう。
反対に、社会は私たちを監視し、一方的に私たちの状況を語ろうとしています。
フリーターやニートといった言葉で。
いまもどこかで、私たちの仲間がなんの前触れもなくクビを切られています。
カツカツのお金で生活を送らざるをえないのは、自業自得の自己責任なんでしょうか?
そうではない。
私たちはいま、社会には共有されない経験や痛みを数多く心の奥に秘めています。
そんな思いをまだ見ぬ仲間と共有したい。
私たちが主体となり、自分たちの言葉をつむぐために、ユニオンぼちぼちはスタートします。
ユニオンぼちぼちの仲間とは、例えば、接客業やヘルパー産業で働く労働者です。
社会からは、「やる気」や「働きがい」を求める若者と呼ばれています。
仕事場では、いつも、ボランティアやサービスの精神をフルに活用せよと言われ続けています。
「できないのなら他に人がいる」との一言で、時給は上げられず、残業代も払われない。
私たちの状況は、「若者の生きがい」というきれいな言葉で覆い隠されています。
そして私たち自身も、そんな言葉に踊らされています。
でも、そんな言葉はもうたくさんです。
私たちがおかれている現状を、若者特有の問題に切り縮められたくない!
使えるときに労働力を酷使し、
歳を重ねるとすぐに私たちを使い捨てにする企業の野放しを許さない!
ユニオンぼちぼちの仲間とは、例えば、大学や大学院を卒業しても、また、
職業訓練を受けたとしても、安定した雇用を手にすることができない労働者です。
仕事のスキルを身につけても、自分の場所を与えられることもない。
一時的に仕事があてがわれても、一寸先には食いぶちが無くなるかもしれない。
生活は安定せず、将来にたいする不安や焦りはつのるばかりで、
まるで何かに支配されているかのように、じっと耐えるしかないのです。
平日の昼間でも、働く場所がなく家にいなければならない。
社会的に求められることは何もなく生き続けるつらさが分かりますか。
私たちの仕事と生活の状況を語り合いましょう!
このしんどさを共有しましょう!
ユニオンぼちぼちの仲間とは、例えば、派遣や日雇いを続けなければならない労働者です。
正規雇用の道からは締め出され、いつもクビきりが前提となって働かされているのです。
何度も、何度も、仕事を変えながら生きて行かざるをえない生活を強いられています。
私たちは労働者でありながらも、労働者という言葉に違和感を覚えてしまいます。
仕事場では、毎日ちがう労働者と顔を合わせるので、仲間をつくることもない。
いつかは自分も仕事場から消えていく。
労働力を切り売りしながらも、保証される生活が何もないのです!
私たちの仕事は失業が前提とされているのです!
今はもう忘れられてしまった言葉をもう一度思い出しましょう。
私たちは、労働者であり、「失業者」なのです。
失業は遠い昔の言葉ではありません。
私たちの労働は失業が前提にされているのです。
ユニオンぼちぼちは宣言します。
生活と仕事の保障のない労働しか与えることのない責任がどこにあるのかを、
仲間とともに明らかにしていきます。
これまで、そしてこれからも、私たちの仲間を一方的に弱者におとしいれる企業に対して、
労働組合として毅然と立ち向かっていきます。
それだけではありません。
ユニオンぼちぼちは、とても厳しい状況にある仲間たちの生活と仕事の保障を、
一歩ずつ、一歩ずつ、勝ち取っていきます。
なによりも、私たちのつながりを創りだしていきましょう!
自分たちの生活がどんなに苦しくても、いまはつらさを語り合う空間がありません。
なぜカツカツなのかを口にする言葉もありません。
弱肉強食の社会のスピードに翻弄され、個々がバラバラに分断されてしまい、
苦しい現状を分かち合える仲間がどこにいるのかさえ分かりません。
背中を押され、ますます泥沼にはまり、まるで操られるかのように生きているのが現状です。
みなさん!
私たちは、同じ社会のなかで苦しみをともに分かち合う「まだ見ぬ仲間」なのです。
ともに私たちの言葉をつむぎだしていきましょう。
「私たちは苦しいんだ」と、社会にアピールしていきましょう。
まだ見ぬ仲間のみなさん!
ともに手を取り合いましょう!
                2006年3月5日
                ユニオンぼちぼち

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