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社会福祉法人ストロームの家 不当解雇事件報告集会と入居者追い出し事件決起集会

社会福祉法人ストロームの家不当解雇事件報告集会と入居者追い出し事件決起集会を行います。
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日時:2013年12月8日(日)18時〜
場所:喜望の家(大阪市西成区萩之茶屋2-8-18)

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プログラム(発言順)
①不当解雇事件報告集会
 南守さん(ユニオンぼちぼち執行委員)
 清水裕さん(不当解雇事件当該)
②入居者追い出し事件決起集会
 清水裕さん
 村田浩治さん(堺総合法律事務所弁護士)
 大谷隆夫さん(釜ヶ崎医療連絡会議代表理事)
 生田武志さん(野宿者ネットワーク)
 ユニオンぼちぼち執行部から
 賛同団体からの連帯アピール
質疑・応答
 坂本篤重さん(追い出し事件当該)
主催:釜ヶ崎ストロームの家による人権侵害を許さない会
呼びかけ人:大谷 隆夫(釜ヶ崎医療連絡会議代表理事)
      生田 武志(野宿者ネットワーク)
呼びかけ団体:関西非正規等労働組合(ユニオンぼちぼち)
お問い合わせ先:06-6647-8278(電話・FAX)

 社会福祉法人釜ヶ崎ストロームの家(以下ストロームの家)は、大阪市西成区にあるアルコール依存症の方・知的障がいを持つ方の支援施設です。このストロームの家において、
 ① 労働者の不当解雇事件
 ② 同法人が運営するグループホーム・ジョイ(以下ジョイ)から入居者が追い出される事件
が起きました。
 多数の方にご支援をいただいておりますが、②の人権侵害に係る問題は一朝一夕に解決するものではありません。今回の集会では、現状のご報告とあわせ、引き続いてのご支援をお願いしたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

2013年2月22日 不当解雇事件
 ジョイで働く清水裕さんは出勤直後、上司から突然懲戒解雇を言い渡されました。解雇理由は「利用者に他の施設の話をしたため」という納得しがたいものでした。その後、組合との交渉でストローム側が挙げた解雇理由は以下の通りです。
 ●休日に他の事業所の見学に行った
 ●他の施設の見学を利用者に提案した
 ●再飲酒し、具合の悪くなった入居者にスポーツドリンクを差し入れた
 ●夜間に帰宅しなかった入居者の部屋の見回りを1回増やした
 施設長の村松氏は「生半可な飲み方をする人はアルコール依存症ではない」「命に別状がないなら放っておく」という支援方法を組合側に説明しました。これは一歩間違えば利用者の生死に関わる、障がい者虐待とも言える支援方法ではないでしょうか。
 9月20日、団体交渉で施設側は不当な懲戒解雇を撤回しました。しかし上述の支援方法も、清水さんを解雇したことも間違っていないという主張を崩しませんでした。

2013年3月26日 入居者追い出し事件
 坂本篤重さんは2009年頃からジョイに入居し、就職に向けて頑張ってきました。ストロームの職員は数年間にわたり「うちが支援してやらなかったら、今頃は刑務所」などと、過去に逮捕歴のある坂本さんを脅してきました。また、清水さんの不当解雇事件に疑問を持ち、ジョイの食事を摂らなくなった坂本さんに「そんな事をしたらジョイを出て行かなければいけない」「坂本さんが清水さんと連絡を取れば、清水さんは精神保健福祉士の資格を失い、刑務所に入れられる。携帯の番号を消しなさい」とも脅した疑いがあります。
 坂本さんは脅しに屈しなかったため、ストロームの家の職員から「生活態度が悪い」と評価を受け、既に内定を受けていた就職を勝手に断られました。更に、3月末日までの家賃が支払い済みであるにも関わらず、担当職員の乾氏はジョイの鍵を取り上げ、着替えも家具も持たせないまま自室への立ち入りを禁止し、彼を路上に放り出しました。

今回お集まりいただく喜望の家では、かつてストロームの家の施設長・村松氏が「のぞみ作業所」という施設を開いていました。村松氏は当時も2名の職員に対し不当解雇事件を起こしています。2名の職員は一旦職場復帰したものの、村松氏からイジメられ自主退職に追い込まれました。喜望の家で支援をしていた頃からも、村松氏の利用者さんへの虐待(殴る、どなるなど)はあったようです。
同様の事件を二度と起こさないため、私達はこの件を通じ、障がい者福祉のあり方を問いたいと考えます。

橋下徹大阪市長への抗議文

ユニオンぼちぼちは、下記の抗議文を発表します。


橋下徹大阪市長への抗議文
 私たちは、橋下徹大阪市長の「従軍慰安婦は必要だった」および、「米軍には沖縄の性風俗を利用して欲しい」という、従軍慰安婦、および、性風俗産業従事者への、差別発言に抗議し、橋下徹大阪市長は、自らの性差別的な発言の責任をとることを求めます。
 なお、国際的にはいわゆる従軍慰安婦は「日本軍性奴隷」という名称で呼ばれているが、橋下徹大阪市長の言葉を脱臼させるために、この抗議文では、従軍慰安婦、慰安婦と彼の言及をそのまま使う。
「従軍慰安婦は必要だった」という発言について
 橋下徹大阪市長の「従軍慰安婦は必要だった」という発言の根拠は、「日本軍と世界各国の違いとして今言われているのは、暴行・脅迫・拉致を用いて、強制的にそのような仕事に就かせたかどうかだ。」(橋下徹、Twitter、2013/5/14からの引用)というように、強制性はなかったという論旨と、「兵士の性をどのようにコントロールするべきか。それはいつの時代にあっても軍のオペレーションとしての最重要課題。」(同上からの引用)というように、兵士の性的要求のはけ口として女性がいなければ、兵士の性的要求はコントロールできない、という論旨の上に成り立っている。
 従軍慰安婦の強制性および、性風俗産業従事者の強制性を判断するためには、個々におかれた状況とその権力関係を検証することによってそれを判断するという作業が必要となる。(詳しくは、青山薫『「セックスワーカー」とは誰か』(2007年、大月書店)の「社会調査の方法論」を参照)
 そのために、まず、従軍慰安婦を三つのカテゴリーに分ける。一つは内地から従軍慰安婦になった人。二つ目は、植民地(朝鮮および台湾)から従軍慰安婦になった人。三つ目は、占領地で従軍慰安婦になった人と分けることが可能である。
 内地から従軍慰安婦になった人は、戦前の公娼制度によって「自主的」に従軍慰安婦になった可能性がある。もう一つは『漢口慰安所』(1983年、図書出版社)で長沢健一が指摘しているように、泣き叫んで抵抗した女性がいるように、騙されて慰安婦になった可能性がある。仮に内地から従軍慰安婦になった人が「自主的」な判断であったとして、戦前の家父長制における女性の職業選択の極端な狭さ、愛国婦人会などの「銃後の母」として女性を動員する言説が背景にあった事、そして、そのコインの裏表のような形で、その性規範から外れた女性たちが「非正規ルート」として周辺的な職業選択しかできなかった思想的背景を念頭におけば、その「自主性」は極端に狭い選択肢から消極的に「選ばされていた」結果であると言わざるを得ない。
 植民地での慰安婦は、借金のカタとして身売りされたケース、当時の国際法および日本の公娼制度を無視した児童の動員が確認されている。前者の場合は、植民地の家父長制における人身取引(human trafficking)であり、そこにおける「主体性」は存在し得ない。後者は、仮に少女が「自主的」に慰安婦になったとしても、男性/女子、成人/未成年、買う側/売る側という三重の権力関係から判断すると、決して「自主的」な労働であったということはできない。
 占領地の慰安婦に関しては、暴行、脅迫、レイプが確認されており、決して「自主的」に慰安婦になったということはできない。
 さらに以下の点も忘れてはならない。民間業者が関わっていても、日本軍が容認した中でのものであり、当時の軍と政府が創設から管理まで深く関わっていた。慰安婦の強制連行については、国際女性戦犯法廷(2000年)、アメリカ下院公聴会(2007年)、河野官房長官談話を発する際の日本政府の調査など、多くの当事者の証言があり、中国「慰安婦」損害賠償裁判でも多くの「強制連行」の事実が日本の裁判所によって認定されており、また研究者は多くの資料で事実上の強制があったことを証明している。狭義の「国による強制連行の文書証拠」がないからといって、「甘言でだまされて気がついた時には逃げられない、休暇を取ることも、辞めることも許されない」ことを問題ないと容認する感覚は国際的には全く通じない。橋下市長などは「当時の歴史を調べたら、日本国軍だけでなく、いろんな軍で慰安婦を活用していた」と主張するが、日本軍のように戦地や占領地の全域に、それも15年以上もの長期間、慰安所を設置・管理・運営し、占領地や植民地の女性たちを監禁して強かんし続けた国はほかにない。
 したがって、橋下市長の強制性がないという前提は、全ての事例において破綻しているということができる。また、現代の人権思想の上にたてば、従軍慰安婦の「対価」はあったとしても「軍票」としての支払いで、戦後経済的価値を持たなかったのは、詐欺であり、女性への性的搾取であると言わざるを得ない。また、児童労働は現代の倫理的観点からは許されない。当然のことであるが、誘拐、人身取引、レイプ、暴行は犯罪であり、女性の性的自由を蹂躙するものである。また、家父長制における極端な職業選択の自由のなさもそれ自体が不当であり、性差別のない社会を志向する人権思想のもとでは認められる状況ではない。
 兵士の性欲は慰安婦がいなかった場合コントロールできないかという問いは、現実的には検証不可能な問いであるが、2013年5月24日、大阪市役所前での男性の「俺たちは確かに性欲を持っている。でも、俺たちは同時に理性も持っている。橋下、俺たちをバカにするな」という発言でも明らかなように、男性のセクシャリティーを極端に矮小化する発言であり、性の多様性を尊重する現代の人権思想のもとでは認められるものではない。また、「わたしは性風俗業に就いているので、性欲についてはいつでも受け止める準備があるというか、たいしたものじゃないけどこのスキルでもって力になりたいなと思ってる。できることならば誰かの役に立てたらよいなあと思ってる。でも、暴力を受け止める気は一切ない。そこを区別してほしい。」(椎名こゆり、Twitter、2013/5/14からの引用)や、「『あなた方は性暴力を抑止するためにいるのです』が是とされるということは、その区別が保証されないということだ。それはわたしは受け入れられない、受け入れる訳にはいかないのです。」(同上からの引用)という、性風俗産業の現役の当事者の切実な声からも明らかなように、橋下徹の言説は、結果的に性風俗産業従事者への性暴力を肯定するものとして、決して許されるものではない。
「米軍には沖縄の性風俗を利用して欲しい」という発言について
 「沖縄の米軍基地を訪問したときにもう少ししっかりとやって欲しいと司令官に言ったんだ。法律上認められている風俗業を活用してはどうかと言ったら拒否された。」(橋下徹、Twitter、2013/5/14からの引用)や、「もし昔の時代のように、貧困から意に反して風俗業で働いている女性が多いと言うのであればそもそも風俗業自体を禁止にしなければならない。しかし今の法律ではそうは考えていない。昔の身売りの時代とは異なる。女性も自ら考えて職に就いている。嫌なら他の仕事に就けばいい。それが日本の風俗業の現実」(同上からの引用)でも明らかなように、現代の性風俗産業従事者への無理解が垣間見える。
 現代の沖縄の性風俗産業従事者の賃金は、日本の中でも圧倒的に低く、(勤勉で客がコンスタントにとれる売れっ子の沖縄のセックスワーカーの場合で、過大評価している可能性もあるが)45分9800円や、40分8800円の店舗が存在し、性風俗産業ではセックスワーカーと店舗が折半するのが慣例であることから考えると、40分8800円、休憩を20分とり、6時間働いた場合、日給26400円、それを週5回で4週間働いた場合、528000円となり、年収では600万強になる。
 一見高給のようにみえるが、セックスワークは比較的重労働であり、望まない性病や妊娠のリスク、警察に逮捕されるかもしれないリスク、さらには年齢的に10年間くらいしか働くことは可能ではなく、性風俗産業で働いていたことは転職に関して評価されるどころかマイナスの評価になるスティグマの問題、社会保険や失業保険や労災などの社会保障が全くないことを考慮にいれると、良好な労働環境と言うことは到底できない。
 もちろん、戦前に比べて女性の職業選択の範囲は広がったことは事実であり、『売る売らないはワタシが決める』(2000年、ポット出版)で、松沢、宮台、要が述べているように、プライドを持って働いているセックスワーカーがいることは事実である。しかし、外国人の性風俗産業従事者がパスポートを取られて働かされていた事件のように、依然として人身取引が存在しているという事実もある。
 現代の性風俗産業従事者の主体性は、強制/自由の二項対立では判断できないが、性風俗産業従事者が暴力および望まない性病や妊娠からの自由や、売りたい時に売りたい人に売りたいだけ売れる自由と辞めたい時に辞めれる自由が両立する条件は、少なくとも沖縄の性風俗産業において、保証されているとは言い難い状況である。
 以上のことから、橋下市長の嫌なら辞めればいいという発想や言説は、プライドを持って働いているセックスワーカー、人身取引の被害者、そのグラデーションの中にいる売りたくないことを売らざるを得ないセックスワーカー、それぞれの環境改善運動や性風俗産業従事者の要求を無視するものであり、それを米軍に利用して欲しいという言説は無責任であるという他にない。
 私たちは従軍慰安婦、セックスワーカーを含めた、全ての人の性的多様性、性的自由、性的尊厳をまもる闘いを宣言するとともに、それが実現する社会を空想し、それにむけた実践を(わずかではあるかもしれないれど)行うことを、ここに宣言し、橋下徹大阪市長に対して抗議を明らかにします。
2013年6月23日
関西非正規等労働組合 ユニオンぼちぼち

生活保護に関する緊急声明

■生活保護の支給基準額引き下げに反対し、むしろ増額を求めるユニオンぼちぼちの声明
現在、自公政権によって生活保護基準の引き下げが検討され、現実化しようとしている。
これまで様々な団体や人々によって批判されているように、基準引き下げは憲法に定められた生存権を脅かすものであり、生活保護受給者のみならず、全ての働く人々にも悪影響を与える所業である。
生活保護受給者へのバッシングにおいて、「働けるのにもかかわらず生活保護を受けている」といったことが言われるが、ことはそう単純ではない。
ユニオンぼちぼちにも、働ける年齢とされる稼働年齢層で生活保護を受給している組合員が所属しているが、その多くは長時間労働やパワハラ・セクハラによって「働けなくなった」のである。またもう一度働き始めようとするときに壁になるのも、過酷な労働環境である。
また保護受給者が働いていないというのも、誤った認識である。心身の調子が悪いながらも、できるときには仕事をしているものもいる。しかし賃金水準が低いために生活に必要な最低限の収入を得られず、その差額分を生活保護から得ている人が多い。生活保護基準が下げられると最低賃金の引き下げにもつながるが、基準引き下げと賃下げが連動して進む最悪の事態に至らないか懸念する。
バッシングによって保護受給から人々を遠ざけ、低賃金・長時間労働でも働かざるを得ない状況を作り出すことは、経営者から労働環境を改善させようという意欲を奪うだろう。なぜなら「代わりの労働者はいくらでもいる」と考えるようになるからである。にもかかわらず「働けるのにもかかわらず生活保護を受けている」とバッシングを続けることは愚行である。現在働けている人々にも悪影響をおよぼすので、今すぐ止めるべきである。
また医療費の一部自己負担が言われているが、そもそも生活保護受給に至った理由に疾病がある場合が多く、その治療は第一に優先されるべきである。負担が増えれば治療のために通院できず、さらに悪化することは目に見えている。ある程度の収入がある人で、生活保護で足りないぶんをもらっていた人が、生活保護から切り捨てられることによって、これまで受けられていた医療、福祉、教育に関わるサービスを受けられなくなる場合が出てくるであろう。特に子どものいる世帯では貧困の連鎖につながる可能性が大きく、政府は貧困問題を深刻にしたいのかとすら疑ってしまう。
生活保護費は最低生活水準から算出されることから、本当に生活を維持するためにギリギリの額であり、受給者は交友関係を維持することもままならない。このような孤独な状態は「人間らしい」とは言えず、また心身の回復にもよくない。今も、働いた結果として働けなくなった人たちが、最低生活費の制約の中で、友人や地域との関係も奪われ、部屋の中で孤独になっている。
むしろ保護費は引き上げられるべきなのである。
政策当事者は、もう一度「人が生きる」ということはどういうことなのか考え直してほしい。
浅はかな考えで、人の人生をムチャクチャにしないでほしい。
ユニオンぼちぼちは、政策としての根拠も合理性もない生活保護の基準額引き下げに反対する。
むしろ引き上げを要求する。

週刊朝日による橋下徹氏に関する報道について

リバティおおさかで働く学芸員の組合である私たちは、週刊朝日による大阪市長であり日本維新の会の党首である橋下徹氏に関する報道について、連載の初回であり、今後の記事内容が不明ではあるものの、次のように考えます。
仮に今回の記事が、公人である橋下氏の人物像を深く掘り下げるという報道の意図があったとしても、市長は行政の施策によって、政治家は政策によって批判されるべきです。あるいは、市長、政治家としての振る舞いや人脈、金脈において批判されるべき存在です。被差別部落に本人やその家族が関わりを持つという社会的属性は、市長、政治家としての資質に何ら関係がありません。
今回のような報道が許されるのならば、今後、あらゆる被差別当事者を、本人の意思や努力とは全く関係のない事柄にもとづいて批判し、社会的な晒し者にすることを許すことにつながりかねません。それこそ、現在の日本社会でまかり通っている差別に他なりません。
今回の週刊朝日の報道は、部落差別をはじめとする、あらゆる差別を助長するものであると考え、抗議します。

権利と聞いて何をイメージしますか?

ユニオンぼちぼち リバティ分会(大阪人権博物館学芸課・教育普及課分会)
 https://twitter.com/union_liberty
権利と聞いて何をイメージしますか?
 来館者にこの質問をすると、その答えからはいくつかの傾向がみえてきます。
 大人では、「人が生まれながらにもつ権利」や「人が人として生きる大切なもの」など権利そのものの特徴をあらわしたような答えや、「選挙権、生存権、肖像権、財産権」などといった個別の権利について書いてくれる人が多い感じです。
 またどうしてか、一定数の人が「義務」と書くのも大人によくみられる傾向となっています。
 では、子どもはどうか。「みんなが持っている権利」「人がその人らしく生きられる権利」などは大人と同じですが、「いじめ」や「差別」と書く子どもたちが少なからずいるのが大きな特徴です。
 
 次に、今まで受けてきた人権教育、人権啓発の内容について質問します。
 被差別部落、在日コリアン、アイヌ民族、障害者、パワーハラスメント・セクシュアルハラスメント、ジェンダー、人種差別など、その特徴は個別の差別問題があげられることです。
 これを受けて、①権利について書いた答えが、抽象的、具体的どちらだったか、②同じく、自分の生活に身近なものと感じるか、そうではないか、③受けてきた人権教育・人権啓発に「働く権利」と書いた人はいるか、とさらに質問を繰り返していきます。
 権利に対して抱いているイメージが抽象的か具体的かについては、そのおよそ7割が抽象的だったと答えてくれます。身近かどうかについても、6~7割程度が「身近ではない」に手を挙げます。
 受けてきた人権教育・人権啓発を数多く書いてくれる人も中にはいるのですが、「働く権利」と書く人はほとんどいません。子どもでは皆無です。
 この質問を考えたときに想像していた通りの結果にはなっているのですが、これが現状です。日本社会で権利がどのように受けとめられているかがよく分かりますし、状況はかなり深刻ではないかと感じています。
 人権のイメージが抽象的で自分に身近なものとは感じていないのですから、これではなかなか自分が人権をもっていると実感することはできません。まさに人権は、特別な場で特別な時間に学ぶものになってしまっています。
 最後に、「人権は誰のものですか?」と聞くと、多くの人は「全ての人のもの」と答えます。なのに、人権について繰り返し聞いたこれらの質問を考えるとき、自分に関わる質問だと感じながら考える人は多くないようです。「みんなのもの」なのに、そこに自分はいないのでしょうか。
 なぜこのような現状になっているのか。その問題を考えるとき、従来おこなわれてきた人権教育や啓発の問題を考えざるを得ません。
 質問に対する答えにも書いたように、人権教育や啓発でおこなわれている大半は、個別の差別問題に対する学習になっています。リバティに来館する団体が学芸員の解説で希望するテーマも、やはり多くは部落問題や在日コリアン、障害者の問題などになっています。
 もちろんこれらの問題も、被差別者の立場以外の人にこそ、自分自身が問われている問題だと考えて欲しいと思っています。しかし、リバティに来る子どもたちを見ていると、人権学習は固くて、重くて、面白くない、自分とは関係ないものだと感じていることがよく分かります。
 人権のイメージを聞かれて、「差別」と書くのも、人権学習は差別を受けて困っている人の話だと思っていることが影響しているのかもしれません。
 このような意識を変えていくためにこそ、労働に関する問題と働く権利の話を伝えていくことが必要だと思っています。
 若者が使い捨てにされるような労働環境が広がっており、非正規雇用の増加や正社員との収入格差、残業代の未払いや長時間労働の強制、違法な解雇の横行など、問題は深刻化する一方です。
 これらの問題が若者に広がっているのですから、高校生や中学生にとっても他人事ではありません。何人かの生徒は顔を上げて、話を聞いてくれるようになります。
 労働に関する厳しい状況を伝えていきますが、大事なのは、それが権利の侵害であると気づくこと、その前提として、働く権利の内容を知っておくことが必要です。そうでなければ、権利の侵害であると気づくことすらできなくなってしまいます。
 残業や深夜労働の割増賃金のことや有給休暇、解雇予告手当など、生徒たちには初耳の情報ですが、中には熱心にメモを取りながら聞いてくれる人もいます。「僕らはそういう権利を持っている!!」と力強く書いてくれた生徒もいました。
 これらの労働条件に関する基準は労働基準法に書かれていることも、合わせて解説しています。抽象的にイメージされがちな人権ですが、賃金など生活していくためにとても大切な基準が法律に書かれており、労働者が具体的に権利をもっていることを意識してほしいからです。
 厳しい労働環境、労働者がもっている権利とともに、もう一つ伝えているのが権利を守るために活動している人の実例です。
 紹介しているのは、メイド喫茶でアルバイトとして働いていた女性が、メールひとつで「今月いっぱいの契約とする」と解雇されたことに対し、裁判を起こして、解雇予告手当に相当する額を支払うという条件で和解したことを伝える新聞記事です。
 提訴した女性は、インターネットをもとに訴状を一人で書き上げたそうです。大人向けの研修でこの記事を紹介したとき、ある参加者が「すげぇ」という感想を思わずもらしていました。
 人権侵害に声をあげても、確かに放置されるままになってしまうことも少なくありません。また、一人ひとりが社会に関わり、社会を変えていく当事者であるという実感が弱いとき、このような状況はますます悪化していきそうです。声をあげていくのは、確かに難しいです。
 であるからこそ、権利侵害に異議を唱え、自分がもつ権利の一つをしっかりと守る
ことができた実際の取り組みを伝えたいんです。権利が自分を守り、社会を変えていくための武器となっていることを実感してもらいたいという思いで話をしています。
「子どもに夢や希望を与える展示になっていない」と大阪市長から言われたリバティの展示ですが、学芸員である私たちなりに希望を伝えているつもりです。それは、組合を立ち上げた私たちだからこそ、何よりも大事にしたいと思っている「希望」です。

リバティ分会にご注目とご支援を!

私たちはリバティおおさかの存続と私たちの雇用・労働条件を守るために、誰でも一人でも入れる組合・ユニオンぼちぼちに加入し、分会を立ち上げました。
 リバティおおさかは、被差別部落に関する差別問題の解決と啓発に寄与することを目的に、1985年に開館した博物館です。
 現在は被差別部落のみならず、さまざまな差別・人権課題を対象とする「人権に関する総合博物館」として運営されています。
 私たち学芸員も、それぞれ被差別部落、在日コリアン、アイヌ民族、沖縄、障害者、女性、HIV/AIDS、性的少数者、ハンセン病回復者、ホームレス、労働権・教育権などの専門分野をもちつつ働いています。
 私たちは、大阪のみならず日本各地の差別・人権問題についての資料を収集、保存、そして展示公開することが人権啓発と人権教育に貢献し、社会全体の利益になると思い働いてきました。その公的な意義が増すことはあっても、なくなることはないと考えています。
 リバティおおさかを運営するための経費は、毎年大阪府・市からの補助金が大きな割合を占めてきました。しかしながら、大阪府・市が、財団に対する2013年度以降の補助金廃止の意向を示したことで、状況は大きく変わりました。次年度以降の事業継続には多くの困難が予想されています。
 こうした現状をうけて、多くの皆さんが、リバティの存続を求めて応援してくださり、声をあげていただいています。
 この場を借りまして、皆さんに深い感謝の意を表明いたします。本当にありがとうございます。
 今後、このページを中心に、リバティおおさかの今後を憂う皆さんに対して、私たちの思い、訴えを伝えていきたいと思いますので、ご注目下さい。
twitterのアドレスは https://twitter.com/union_liberty
facebookページのアドレスは http://www.facebook.com/unionliberty2012

アバンティブックセンターが団交拒否

ユニオンぼちぼちは今、株式会社アバンティブックセンターに団体交渉を申し込んでいますが、会社は団交拒否をしてきています。
ユニオンぼちぼちは、決して会社の逃げ得を許しません。
以下は当該組合員からの訴えです。
転載・転送歓迎です。よろしくお願いいたします。
2011年8月29日
「団交に応じてもらえません」
株式会社アバンティブックセンター(アミーゴ書店)に団体交渉を申し込みましたが、断られてしまいました。
何度かお話ししましたが、応じてもらえません。
組合に団交を申し込まれたら、応じなければならないというのは、法律で決められている、当たり前の事です。
団交に応じない会社というのは、法律を守らない会社ということです。
きちんと誠実に団交に応じて下さい。話し合いに応じて下さい。

カワイ音楽教室抗議街宣

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 報告が遅れましたが、9月19日(日)にカワイ音楽教室に抗議の街頭宣伝に行きました。これは福岡のfuf(フリーターユニオン福岡)に連帯した行動です。
 カワイ音楽教室は、事実上労働者として指揮命令しているにもかかわらず、ピアノ講師を自営業者扱いにしてこき使い、その上研修と称して金銭を巻き上げていました。fufが争議を始めても、当該が労働者で無いと嘯いて団体交渉を拒否したため、不当労働行為で労働委員会に訴えていました。
 このたびfufの主張を認めた命令が出たので、全国の友好労働組合で、各地のカワイ音楽教室で街宣をして、fufとの団体交渉に誠実に応じるように圧力をかけようということで取り組みました。
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 残念ながら不在(しかもポストの位置も不明)だったため、ドアにビラを差し込み、正面でビラまきをおこないました。

野宿者の生存を脅かし、社会的排除を助長する条例改正に反対する共同声明

労働力の調整弁として、非正規雇用の労働者は資本からいつだって使い捨てです。イギリスで「ホームレス」の定義は、「3ヵ月先の安定した住居が未確保の者」を指します。日本で3ヵ月未満の有期契約で働く仲間たちは、イギリスだったらホームレスと呼ばれる対象なのです。そして日本で実際に野宿生活をしている人々は、労働市場から排除された現在の若年非正規雇用労働者の、まさに先輩といえる人々だと思います。自らの生存を賭して、本条例の制定に絶対反対。力を合わせて断固阻止しよう。
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野宿者の生存を脅かし、社会的排除を助長する条例改正に反対する共同声明
 わたしたちは、京都市によって京都市会9月定例会に提出された、家庭から出された「缶・びん・ペットボトル」及び「大型ごみ」の持去りを禁止する条例改正案(以下、本件改正案とする)を、野宿者の生存権を侵害し、野宿者に対する社会的排除を助長するものであると考え、本件改正案に強く反対します。 
 さまざまな事情から住居を失い、いったん野宿の状況に追い込まれると、その状況から脱出するのは容易ではありません。野宿者の相当数は、高齢であったり、けがや病気、障がいなどをかかえていたりして、現状の雇用システムからは排除されています。野宿者であるというだけで雇用に極めて消極的な態度をとる企業も少なくありません。また、生活保護は、野宿者に対する運用において、集団生活となる施設への入所が原則化されるなど、野宿者にとって利用しにくいものとなっています。野宿者は安定した収入も住居も奪われ、極度の貧困状態を強いられています。彼ら彼女らの多くにとって、アルミ缶等の廃品を収集して換金することは、命をつなぐための残された貴重な手段の一つとなっているのです。
 このような現状において、適切な労働政策や福祉政策の実施もないままに、本件改正案によってアルミ缶等の収集が禁止されてしまうと、野宿者の多くが生活の糧を奪われ、その生命が危険にさらされることになります。条例改正は、「健康で文化的な最低限度の生活」以下の生活を強いられている野宿者を更に困窮させるものであり、重大な人権侵害であるといえます。
また、本件改正案は、野宿者に対する社会的排除を助長するおそれがあります。野宿者は差別と偏見にさらされ、社会的排除の対象になってきました。野宿者に対する誤解のもとに、野宿者支援のための宿泊施設の建設に対して地域住民による反対運動がおこる事例も散見されます。中高生などによる野宿者への嫌がらせ、殺傷行為も後を絶ちません。本件改正案は、生きるためにアルミ缶等を収集する野宿者に「わるもの」というレッテルを貼るものであり、野宿者に対する社会的排除の風潮を助長しかねません。
 日本社会で大きな社会問題となっている貧困問題は、社会の無理解と無関心のもとで広がり深刻になっていきました。ようやく最近になって貧困問題への社会的取り組みが政策的課題とされつつあります。貧困問題を克服するためには、貧困を可視化し、これまでの差別や偏見を乗り越える必要があります。ところが、本件改正案は、明らかにこれに逆行するものです。京都市の態度に、わたしたちは大きな不安を感じざるをえません。
 わたしたちは、野宿者に対する重大な人権侵害であり、排除的政策である本件改正案に対し、怒りをもって、反対を表明します。         
 2010年9月15日
反貧困ネットワーク京都
関西非正規等労働組合ユニオンぼちぼち
京都自治体関連労働者自立組合ユニオン「らくだ」
きょうと夜まわりの会
健康よろずプラザ
生活保護問題対策全国会議
全京都生活と健康を守る会連合会
反貧困ネットワーク
反貧困ネットワーク川神奈
反貧困ネットワーク埼玉
ホームレス総合相談ネットワーク
ホームレス法的支援者交流会
ホームレス支援機構・京都寄り添いネット
京都自立支援バックアップセンター
近畿生活保護支援法律家ネットワーク
NPO法人あったかポート

A君事件不当判決!(速報)

 本日13時10分、大阪地方裁判所堺支部にてA君事件の判決公判が開かれましたので、お伝えいたします。
判決
懲役1年6ヶ月(ただし未決拘留70日分を算入) 
執行猶予3年

 検察側の主張を全面的に採用し、弁護側の主張をすべて退けた不当判決です。窓口で声を上げる、ビデオを撮影するといった外形的なA君の態度だけを問題にし、事件に至るまでの福祉事務所の対応の問題は一切考慮されていません。この不当性をまずもって弾劾したいと思います。
 詳細な報告や今後につきましては改めて報告いたします。